読み切り作品『一番素敵な君へ』

高校三年生の春、桜が満開の校庭で僕は彼女に出会った。彼女の名前は美咲(みさき)。同じクラスで、席が隣になったことがきっかけで少しずつ話すようになった。

初めて話しかけたのは、数学の授業が終わった後。
彼女がノートに一生懸命、難しい公式を書き込んでいるのを見て、思わず声をかけた。

「教えようか?」

彼女は少し驚いた顔をしてから、微笑みながら「ありがとう」と言ってくれた。

その日から僕たちは、放課後に一緒に勉強するようになった。彼女は勉強が苦手で、でも努力家だった。ノートを開いて、何度も分からない部分を質問してくる姿は真剣で、僕はそんな彼女を見ているのが好きになっていった。


ある日、夕焼けが窓から差し込む教室で、美咲がふと筆を止めた。

「ねえ、未来って、どう思う?」

「未来?急にどうしたの?」

「ううん、なんかね、最近よく考えるんだ。私、将来何になりたいんだろうって。みんなが『将来はこうなりたい』って夢を語るのを聞いてると、私は何も決まっていないから、少し焦っちゃうんだよね。」

彼女が真剣に話すのを見て、僕は少し考えた。

「うーん、僕も正直、将来のことなんてまだわからないよ。でもさ、きっと美咲なら、何か見つかると思うんだ」

「そうかな…ありがとう、やっぱり優しいんだね。」

「そ、そうかな。普通だよ、普通」

僕が照れ隠しに笑うと、彼女もつられて笑った。そんな何気ない会話が、僕にはとても心地よかった。


夏の終わり、二人で勉強をしていた帰り道。ふとした沈黙の中で、美咲が話を切り出した。

「私、ね、この街を出ようと思うの」

「…え?」

予想していなかった言葉に、僕は思わず立ち止まった。美咲は少し寂しそうな笑顔を浮かべていた。

「大学は、遠くに行こうって決めたんだ。もっと広い世界を見てみたいって思ったから。でも…寂しいなって思うんだ、やっぱり」

「そっか…。美咲なら、どこに行ってもきっと大丈夫だよ」

そう言いながらも、僕の胸にはぽっかりと穴が開いたような感覚が広がっていた。僕は、彼女がこの街を離れることをまだ受け入れられずにいたのだ。


冬の終わり、雪が舞う帰り道で、彼女が突然、手紙を渡してきた。

「これ、卒業式の後に読んで」

「え?何それ?」

「内緒だよ。でも、ちゃんと読んでね」

彼女のいたずらっぽい笑顔に、僕は少し安心してしまった。彼女はあくまでいつもの彼女のままで、僕と過ごす時間を大切にしているように見えたから。

そして、迎えた卒業式。彼女は晴れやかな笑顔で、いつもと変わらずに見えた。式が終わると同時に、美咲は少し名残惜しそうに校庭を振り返りながら、駅へと歩き始めた。

「…美咲!」

僕は思わず彼女の名前を呼んでしまった。彼女が振り返り、優しく微笑んだ。

「ありがとうね、今まで。本当に楽しかった。じゃあね」

彼女の声が、風に乗って僕の耳に届く。その一言に込められた思いが、僕の心に深く刻まれた。


その夜、彼女からもらった手紙を開いた。


「一番素敵な君へ

たくさんの思い出をありがとう。君と過ごした時間は、私にとってかけがえのない宝物です。君が教えてくれたこと、笑顔、全部が私の力になりました。

でも、私はもっと広い世界を見てみたくなったの。だから、思い切ってこの街を出る決心をしたの。でもね、最後に一つだけ言いたいことがあるの。

君が、私の初恋でした。忘れられない大切な思い出です。

これからも君が素敵な人でありますように。

美咲より」


涙が一粒、手紙に落ちた。彼女の真剣な想いが、僕の胸に染み渡った。彼女の背中を押してあげたいという気持ちと、自分の素直な感情が入り混じって、言葉にならない思いがあふれ出した。


それから僕は、一人でこの街での日々を過ごしている。彼女が教えてくれた勇気を胸に、僕も少しずつ自分の夢を見つけ始めている。

例えば、最近は写真を撮ることに興味を持ち始めた。美咲がいつも「君の写真、素敵だね」と言ってくれたことがきっかけだ。

ある日、僕はカメラを持って桜の木の下に立っていた。満開の桜を見上げながら、美咲のことを思い出していた。その時、ふとした瞬間に、彼女の笑顔が浮かんできた。

「美咲、君のおかげで僕はここまで来れたよ」

そう心の中でつぶやきながら、僕はシャッターを切った。その写真は、僕にとって新しい一歩を象徴するものとなった。

いつかまたどこかで、彼女に会えるといいな。その時には、胸を張って言えるように。

僕も、美咲に出会ったおかげで、こんなにも前に進むことができたんだって。

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