ものすごく時間がかかったとしても
ときどき、ものすごく、時間がかかる。
おかしな言い方だけど、わたしはとにかく時間がかかる。かかっちゃう。
最近向き合うことになったこの性質。嫌になりそうにもなったけれど、諦めがついてきた。というか、それがわたしなのだから。自分で自分を、待ってあげるほかないよなあ、と思う。
わたしは頭が良いわけではないし、意思決定のスピードや、判断力、何をとっても、なかなかパッとしない。他の誰かならすぐに理解して判断できそうなことでも、自分の中で解釈して答えを出すのに、ものすごく時間がかかるのだ。それは3日のこともあれば、1週間、1ヶ月なこともあって、ときどき、5年とか10年とか、かかってしまうこともある。
なんていうか、わからないのだ。そんなにすぐ、結論が出せない。このモヤモヤの正体を暴けない。かといってモヤモヤを置き去りにできない。
今、何が大事なのか。じゃあ、何をすべきなのか。そのために何を捨てるのか。決断が大事だと聞いたりもする。もっとスピード感を持つべきなんだろうな。だけど、そんなにすぐわからない。そっと置いておきたいこともある。
もう、しょうがないかなあ。
そんな風に考えていたタイミングで、樹木希林さんと黒木華さん主演の「日日是好日」を観た。
なんとなく、慌ただしい日には観たくなくて。今日こそ、と思ったタイミングで映画館へ。その中で、光のようなことばと出会った。
世の中には「すぐにわかるもの」と、「すぐにわからないもの」の2種類がある。すぐにわからないものは、長い時間をかけて気づいて、わかってくる。子供の頃はまるでわからなかったフェリーニの『道』に、今の私がとめどなく涙を流すことのように。
ああ、これはいちばん今聞きたかったことばかもしれない。誰かにいってほしかったことばかもしれない。
樹木さん演じる武田先生は言う。
「私、最近思うんですよ。こうして毎年、同じことができることが、幸せなんだって。」
毎日同じことを繰り返すのが苦ではないわたしにとって、茶道はとても魅力的に感じた。もっと知りたいと思った。すぐに茶道をやるとかそう言うことではなくて。日常もそう、何気なく続けている日々のことが、何より尊いんじゃないかと思う。
例えば、バスケットボールを10年続けたこと。同じ街で何年も遊び続け、同じ店のメニューを食べ続けること。同じ作家さんの作品をずっと見つめていること。新卒から同じ会社で働いてもうすぐ10年になること。答えのないことをぼんやりといつまでも、頭や心の中に住まわせていること。消化できなかった思い。結論を出さないままで大事に抱えているものごと。ときどき一人でこうして、映画や小説や誰かと交わした会話の中に光がさして、ふとわかったりする。意図せず答え合わせできてしまったりする。
そういうことがわかっていくのが、いちばん面白い。時間がかかってもいいや。ものすごく時間がかかったとしても、それで。
うれちい