つくり話

以前に、お題をくれる診断メーカーにはまって、その場で書いた、つくり話です。140字の制限を持たせてたこともあれば、好き勝手に書いたものもあります。時間軸でならべてみました。


■night////////////////////////////

「夜のホテル」で登場人物が「約束を破る」、
「傘」という単語を使ったお話を考えて下さい。

傘をさしても濡れてしまうような雨の降る夜、ホテルの一室で彼女は泣いていた。声を荒げてまくしたてる、その声よりも雨の音が近くにいた。ぼんやりとしている僕に腹を立てた彼女は、ベットの隅においてあった文庫本を破った。そしてドアから出ていった。約束、と言う名の短い小説だった。

■midnight////////////////////////////

「深夜の駅」で登場人物が「計算する」、
「プレゼント」という単語を使ったお話を考えて下さい。

路線図をぼんやり眺めて、あの街にいくにいはいくらかな、と考える。たくさんの駅と駅を線がつないでいる。乗り継げばどこへでも行けるはずなのに、どうしていつまでたっても着かないのだろう。俯くと右のつま先が汚れていた。妹にプレゼントしてもらったベージュのパンプス。時計は2時を指していた。

「深夜の地下室」で登場人物が「思い出す」、
「犬」という単語を使ったお話を考えて下さい。

この時間の部屋は、いつだって地下室みたいだ。流れていた空気が急に止まる感覚、夜にすべて溶けて、境目がなくなっていく。それは濃紺の布のようでもあった。ほとんど止まりそうな呼吸。大丈夫、朝は来る。薄く色を塗ったばかりの指先を見つめながら、今日出会った私に似た犬のことを思い出していた。

「深夜の車内」で登場人物が「あたためる」、
「冠」という単語を使ったお話を考えて下さい。

どうしてむねがあたたかいんだろう。まよなか、車のなかで今日のできごとについて考えていました。いつもはちっとも目をむけていなかったまちの人たちのえがおが、こんなにもこころのまんなかをあたためたのです。いばっているだけでは、わからないこともあるんだなあ。王さまはそっと冠をおきました。

■early morning//////////////////////////

「早朝の海辺」で登場人物が「噛み付く」、
「かいろ」という単語を使ったお話を考えて下さい。

いくら呼んでみても、クロは海のむこうを見つめたまま動こうともしませんでした。もうすぐ陽がのぼり街が動き始めます。「どうして」「どうしてあいつが死んでしまったのに、みんなふつうでいられるんだ」クロはまだ小さい猫なので、ともだちの死を受け入れられずにいました。「でもな、死んでしまったからと言ってお前の中からぜんぶが消えてしまうわけじゃないだろう。ふとしたときに、あいつのことを思い出すだろう。そのたびにこころのあたりがほわんと、あたたかくなるんだ。そういうやつが心の中にいるのって、かいろみたいでなんだか素敵だと思わないかい」陽が昇り、街が賑やかになってきました。クロは海のほうを向いたままえんえんと泣きました。

「早朝の海辺」で登場人物が「告白する」、「足音」という単語を使ったお話を考えて下さい。

そうか、浜辺を歩くと足音はしないんだ、とぼんやり思った。そして僕は彼女に好きだと告げた。波が寄せて、また海へと戻っていく時だったと思う。波の音以外は何も聞こえなかった。静かな、朝だった。

「早朝の駅」で登場人物が「電話する」、「猫」という単語を使ったお話を考えて下さい。

いつもよりうんと早く目が覚めてしまった土曜日。ぐるぐると長いマフラーを何重にも巻いて外へ出る。

町が白っぽい、息も、白い。

特に行く場所がないときはいつも、隣の駅まで歩く。その道のりがなんとなく気に入っている。過度に宣伝しなくてもきちんと適量のお客が集まる小さなパン屋さんや、毎日おんなじ時間におんなじ様子で庭にすわっているおじいちゃん。塀の煉瓦の模様が好きなあるお宅や、感じのいい曲がり角。

何があるわけでもないこの道に、わたしは何かを求めて歩く。

そのパン屋さんのいいかおりがそれぞれの生活へもちかえられることや、おじいちゃんのために家の中で食事の支度をしているであろうおばあちゃん。道端ですれ違う猫やその町をつつむ空気のようなものに、わたしは心底救われている。

わたしも誰かのそんな場所になっていればいいなあとぼんやり思う。
ちょうど駅に着くころ携帯電話が鳴ったが、間違い電話だった。
彼女が電話をかけたかった相手が誰なのか、わたしは知らない。


■ morning////////////////////////////

「朝の橋」で登場人物が「逃げる」、「手紙」という単語を使ったお話を考えて下さい。

冬の朝はつめたい。きりっとした空気には1ミリもずれがなく、わたしを丸裸にする。こんな空気の中では、嘘がつけない。――逃げ場なんてない。そう思い知らされる。「そろそろかな」

小さな橋をわたる。ゆっくりと、わたる。川の水は夏より少なく、でも確かに流れている。

わたしは逃げていた。本当のことを伝えてしまったら、それを認めなくてはいけないから。ポケットに忍ばせた手紙を出してしまったら。今までの生活は大きく変わってしまうかもしれない。きっと今までのようにはいられない。

どんなに歩いても逃げられないことは知っていた。原因はわたしの心の中にあるのだから、こうして歩き続けることに意味はない。少し先にポストの赤を見つけ、わたしは笑って目を閉じた。

「朝のホテル」で登場人物が「開き直る」、
「月」という単語を使ったお話を考えて下さい。

とても静かな朝でした。ホテルで目覚めた私は窓をあけるとそこには月が浮かんでいました。そこからは月だけが見えました。どのくらい眠っていたのでしょう。部屋を見渡してもカレンダーはありません。電話もありません。ドアもありません。私は月の見える窓を開けたまま朝食の準備にとりかかりました。

■afternoon////////////////////////////

「昼の路地裏」で登場人物が「さめる」、
「魔法」という単語を使ったお話を考えて下さい。

泣き疲れて、へなへなと座り込んでしまいそうだった。ここまで強烈に涙をこぼしたのは初めてだった。そのくらい泣いた。絞り出すように泣いた。死んでしまいそうなくらい苦しかったから泣いていたはずなのに、生きているということを強く強く確認してしまった。からだが教えてくれた。そのくらい、泣いた。

街を歩く足に力が入らなくなり、たまらずに水色の路地裏に座り込んだ。息を吐いて、大きく吸い込む。どうしても、吸い込むほうが大切だと思ってしまう。ひとは前を見て生きているから。でもたくさん吸うためには、たくさん吐きださなくてはならない。息や涙だけではない、想いも、そう。

目をつむってゆっくりと呼吸をする。吐いて、吸う。吐いて、吸う。顔をあげると明るかった空はもう真っ暗になっていた。ひんやりした風で少し目がさめ、わたしは歩きだす。ふしぎと足どりは軽い。路地裏の魔法。重たい瞼にそっと手を当てて、わたし、生きている、と思った。

■evening/////////////////////////////

「夕方の遊歩道」で登場人物が「泣き出す」、
「飴」という単語を使ったお話を考えて下さい。

ひどく心細い夕方というものが世界には存在する。街の雑踏も人々の声もすべて遠くに聞こえる。切り離されている。切り離されている。そこには私しかいない。履きつぶした靴の先を見ながら歩く。数歩先に、砕けた色とりどりの飴を見つける。嘘みたいな色の欠片を見て、とうとう私は泣き出してしまった。

「夕方の並木道」で登場人物が「泣き出す」、「花」という単語を使ったお話を考えて下さい。

子供が泣きだしたのと、5時の鐘が鳴ったのと、どちらが先だっただろう。それを合図にベンチから腰をあげる。この並木道は秋には黄色一色になり、それを見るためにここへ来る人も多い。今日は花を買って帰ろう、きっと妻はこんなものよりおいしいものが食べたいと言いながらも、綺麗に生けるだろう。

「夕方の遊園地」で登場人物が「騙される」、「跡」という単語を使ったお話を考えて下さい。

遊園地で働いていた彼女に言わせれば、そこは楽しい場所でもなんでもないらしい。閉店後の静けさ、脱ぎ捨てられた着ぐるみ、回らないメリーゴーランド。楽しさの跡を黙々とたどる様な閉館後の作業。みんな、騙されているのよ、と彼女は言った。何に?と聞くと彼女は小さく笑っただけだった。

「夕方のプラネタリウム」で登場人物が「笑い合う」、「雲」という単語を使ったお話を考えて下さい。

僕らの好む場所のひとつに、小さなプラネタリウムがある。

「さっきまで空は赤かったのに、雲までピンク色だったのに、ここにくるともう夜になるんだね。」「うそつきみたいだ」「うそつき?」「ごまかしてるみたい」「ごまかし」「まやかし」「魔法」「魔法?」「そう、魔法」「魔法」僕らは暗闇で笑った

外に出ると本当に空は真っ暗になっていて、
僕らは冬が来ていることを知る。

「冬だ」「ふゆ?」「冬。陽が落ちるのが早い」「陽ってどうして落ちるって言うの?」「哀しい?」「哀しい」「でもまた昇るよ」「昇る」「そう」「でもまた沈む」「でもまた昇る」「きっと陽は昇ってるつもりなんてないわ」「そうかな」「めぐっているだけ」「めぐる」「めぐる」めぐる、めぐる、めぐる…

陽が昇って陽が沈んで、昇って、沈んで その間に僕らは照らされたり包まれたり愛されたり突き放されたりするんだ めぐっていく 自然もひともこころもすべて めぐる、めぐる、めぐる、夕焼けの赤にこころを奪われて、目を閉じているうちに空は暗くなる 星も太陽も月もいつもそこにあるのに見えたり見えなくなったりするんだ魔法魔法魔法 そんなまやかしに僕らずっと生かされてきた

僕らは暗闇で笑った


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このノートはここで終わりです。
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