だれかに勝つことよりも
「1500メートル、ゴール目前で、わたしのこと抜かしたよね」
初めて会った子にそう言われて、え、?と首をかしげた高校の入学式。よく聞けば中学時代の陸上大会で、ゴール前の直線で私に抜かされ4位になったのが、彼女だったらしい。正直、誰を抜いたかなんて全く覚えてなかったし、「あ、終わっちゃうから加速したほうがいいのかな」と慌てて走っていたようななんちゃって陸上部だったので、なんていうか、ただただ走るのが楽しかったのだ。
その子とはのちに親友になった。負けん気が強く頑張り屋さんのスポーツマン(女子です)。彼女は闘志むき出しのタイプで、自分に厳しく、誰かに負けるのをたいへん悔しがっていた。
わたしはというと。闘争心がないわけでもないし、人並みに嫉妬もする。ずっとバスケットボールをやっていたので、試合に負けて泣いたこともあるし、コテンパにやられたらお腹の底がごうごうと燃えたりもした。
だけど、人に勝ちたい!という想いとはなんとなく違っていた気がする。いまだにうまく言えないけど、「自分が頑張ったと思った結果が出なかったことがくやしい」とか、そんな感じだ。戦ってたのはいつも、自分自身でしかなかった。
でも今思うと、高校のときのバスケ部になかなかついていけなかったことで、誰かに勝つということよりも自分自身と向き合うしかなくて、それでその大切さに気づいたのかもしれない。
レギュラーになれなくても悔しいとは思わなかったけど、頑張ったときに試合に多く出させてもらえたらとても嬉しかった。逃げたような試合をしてしまうのは悔しかった。そういう性質は今も引き続き、持ってる気がする。
今も思う。だれかに勝とうとするんじゃなくて、自分と向き合うことがわたしを支えてる。自分自身をちゃんと見てあげる、っていうこと。試合の結果だけみないで、その過程をちゃんと見てやろうと思うのね。そういうことのほうが意外と、根気がいるのだ。誰かに勝ちたい!という気持ちを明るく燃やせる人はまぶしい。そんな憧れを持ちながら、今日もマイペースに生きるのであった。
うれちい