1人で行動できることの大切さ

今から約2年前、2019年の4月に大学生になった。高校も進学するか真剣に悩んでた自分にとって大学に行くことはだいぶチャレンジだったかもしれない。行ってみてもいいんじゃないと言ってくれた親や先生に感謝。

元々自分からフレンドリーにコミュニュケーションをとれる方ではなく、1年間浪人していたことやその過程で根暗に拍車がかかって(?)周囲の人間と馴染めるかが1番の心配事だった。🫀💦

入学式には緊張とストレスで3回駅のトイレにこもり、さらに乗る電車を間違えて約2時間遅刻した笑
大学に到着したら式の最後、校歌を歌うところだった。副学長らしき人に今来たんですか⁉と言われ、他学科の人の場所で歌った。(歌ってない)

学科別のオリエンテーションはとても長くて辛い時間だった。今のご時世には無い様な人が密集している教室、ザ真ん中の席でお弁当を食べないといけない緊張でハゲそうだった。🍱肉が多くてだいぶ残した。食ロスとか食料廃棄問題とかの学部なのに。

そのあとトイレに行くと通路を挟んで隣の席だった女子が話しかけてくれた。一浪で他大学から来たらしく同じ様な不安があったのかなと感じた。基本的に自分から話しかけにいけない性格なので少し尊敬した。

授業が始まって驚いたことは
1人で行動している人が少ない(ほぼいない)ことだった。

自分の周りだけかもしれないけれど、大学はもっと馴れ合いがなく自由というイメージを持っていただけあって戸惑った。周りと浮かないように、誰でもいいから隣に座る誰かを誰もが探しているような感じが正直無理だった。

今考えれば「そんなこと考えるだけ時間の無駄」と思えるが、その時の自分は何故かその空気の中に必死に溶け込もうとしていた。客観的に見ると自分が相当ダサい。精神的な幼さなのだろう。

人数の少ないヘンテコな中高一貫校育ちで隣に必ず誰かがいてそんなこと不安になったり考えたりすることが長いことなかったから、大学生になってこんなちっぽけなことをストレスに感じていることに驚いた。🐣

ゼミで友達ができた。
学籍番号も隣で、こんな私とも会話を続けてくれるし嫌いなことが似ているので仲良くなれた。
その友達の友達が試験の問題を見せてくれたり、キャンパス内でもいろんな人に挨拶している様子を何となく眺めている毎日を過ごしていた。暇。
自分もそうなりたいとは特に思わないが、そういう人や様子をみて劣等感を感じないようにはなりたいなと思った。内向的でも誠実であればいいと小さな頃から父が言っていた意味がわかった。

1人でいることが好きなのならそれを封印してまで周りの空気に合わせる必要はないし、実際浮いたとしても心が楽な方を選択すればいい。これはこの先人間社会を生き残るうえで大事なことだと思う。
友達とわちゃわちゃ話すことも、1人の時間を大事にすることもどちらもストレスフリーが大切であり、めりはりが重要…。

ああこんなこと考えられるようになった(遅い)。大人になったなあ。

「大人の基準は1人で行動できるかどうか」みたいなことを聞いたことがある。まさにそうかもしれなくて、そのままの意味はもちろん精神的にもそうだなと感じる。マイペースに生きていきたい。親、担任の先生やバイトの塾長などに「飄々としてる」と言われ続けてきた自分らしくふらふら楽しく生きようと思う。つまり…

周りに害を及ぼさないマイペースをモットーにします。

申し訳ないけれどオンライン授業は本当に自分に向いていると感じた2020年。永遠にこのままで…👨🏻‍💻と内心思っているが、今年から対面とか色々また始まってストレスを感じる前に考えておきたかったことである。大丈夫。

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