サンセット大通り
デヴィッド・リンチの「マルホランド・ドライブ」に影響を与えたという作品。どのあたりが、というのがネットにいろいろ出ている。
個人的には、影響を受けているのはわかったが、かなりリンチなりに消化しており、別物になっているという印象。「このあたりが似てる」みたいなことはあまりない。
サンセット大通りという作品単体で評価すると、フィルム・ノワールというか、ディストピア映画というか、とにかくよくできている。無声映画の終焉、時代の変化。しかし、それを受け入れられず、屍のように生きている人々はたくさんいたのだろう。
売れないシナリオライター、ジョー・ギリスが、借金取りに追われるうちに、迷い込む古い豪邸。
そこには無声映画の大スター、ノーマ・デズモンドが住んでいた。
彼女は20年も前にスターだった頃のことを、今でも続いていると信じている。
ジョーは、彼女が執筆した「サロメ」の脚本を手直しする仕事を引き受ける。
贅沢な暮らしをするが、常に見張られてもいた。
ノーマは忘れられた存在であるが、執事のマックスが、彼女がまだたくさんの人に愛されていると思わせていたのだ。マックスはノーマの出世作の監督であり、彼女の最初の夫でもあった。
ジョーは優雅な生活を続けながらも、過去に生きるノーマとの生活が息苦しくなる。
友人の婚約者であるベティとともに脚本を執筆する。共同執筆者としての作業を続けるうちに、ふたりは愛し合うようになる。
そのことがノーマに知られ、ノーマは嫉妬に狂ってベティに電話をかける。その場に居合わせたジョーは、ベティを家に呼び、自分がノーマとともに暮らしていることを伝える。
ベティはショックを受けて去っていく。
ジョーはノーマのもとを去ることを決意するが、ノーマは彼を引き留めようとする。
手にしていた拳銃でジョーを射殺してしまう。
翌日、警察や報道に囲まれたノーマは放心状態だった。
「カメラが来た」という言葉を聞いて、ノーマは「ようやく撮影がはじまるのだ」と立ち上がる。夫でもあり、映画監督でもあった執事マックスが、ノーマに撮影開始の声をかける。
ノーマの仕草が常に芝居がかっており、無声映画そのままなのが面白い。
現実と映画の境が見えなくなっているのだ。
自分だけの世界に生き、現実を見ない。
これは映画が無声映画に別れを告げる作品でもある。