第16回 正しくないことが正論になることだって、ある。
洋介は日が暮れてからマンションに戻った。酒の匂いをぷんぷんさせていた。ふらふらしながらリビングにいくと、ソファに真理子が座っていた。
ガラステーブルの上にお菓子が並んでいた。コンビニで売っているチョコレートやガムだ。封は切っていなかった。
「またやったのか」
真理子は答えなかった。背中を丸めてお菓子を眺めていた。スーパーに並んでいる死んだ魚のほうが、生き生きとした目をしている。
洋介はキッチンにいって水を飲んだ。大きなげっぷをした。こらえようともしなかった。
リビングに戻った。
「どうしてそんなことをするんだ」
真理子はガムを手に取ってしげしげと眺めていたが、すっと醒めた目に変わった。放り投げるようにガムをガラステーブルの上に戻した。
「誰かに見られているんじゃないか。防犯カメラに映っているんじゃないか。そう考えると緊張するでしょう。ガムとか飴とか、こんなちっぽけなもので警察沙汰になったらどうしようって思うとスリルあるよね」
板チョコをつまみ上げると包装の上からぱきぱき割った。紙が裂けて中身が剥き出しになったが食べなかった。ガム同様、無造作にガラステーブルの上に放り出した。
「すごく集中できるの。ぴしって音が聞こえるくらい神経が張り詰めて……」
真理子はにっと笑った。
「楽しいんだよね」
洋介はなんとか無表情を保った。
「いい加減にしないと通報されるぞ」
真理子はお菓子をかき集めて、ゴミ箱に放り込んだ。
「わかってる」
「だったらやめろよ」
真理子は洋介を睨みつけた。
「わかってるからやめないんだよ。私の話聞いてないでしょ」
「楽しいとか、そういう問題じゃないだろ」
「だったら、どういう問題なら納得するのよ」
「どういう問題とかって問題じゃ……」
「問題問題ってうるさいな。議論しているとなんとなく話が進んでいるような気がするのかもしれないけど、実際にはなにも解決しないんだよ!」
洋介も怒鳴り返した。
「うるせーんだよ! お前はおれを馬鹿にしてんのか! 万引きとか食い逃げとか正当化してんじゃねぇんだ!」
「やっぱり私の話全然聞いてないじゃない!」
真理子はガラステーブルを叩いた。
「正しいなんて一言も言ってないでしょ! こんなくだらないことで人生がめちゃくちゃになるかと思うとスリルがあるんだよ! 何度言えばわかるのよ!」
「だから、どうすればそういうことをしなくて済むんだよ!」
「お金とか自由になる時間とか! 足りないもの全部手に入れば幸せだ
よ!」
真理子は目に涙を浮かべていた。洋介は拳を握りしめた。
「そうやって泣けばいいと思ってんだろ!」
真理子は勢いよく立ち上がった。全身を震わせていた。怒りに満ちた目で睨まれて、洋介は思わず後ずさりした。
真理子はリビングを出ていった。寝室の扉が激しい音を立てて閉まった。
洋介はソファを蹴った。指のつけ根に鈍い痛みが走った。片足でぴょこぴょこ跳びはねながら、キッチンにいった。冷凍庫から保冷剤を取り出してリビングに戻った。ソファに腰を下ろして足を冷やした。ため息をついて呟いた。
「金なんか……おれだって欲しいよ……」