三年越しの涼風【風景エッセイ、夏の連続投稿チャレンジ】
まるで床と一体化してしまいそうなほど過酷な夏。数年前まで換気ひとつでどうにかなっていたのが夢のよう。儚き夢を現実にする術を、私は知っている。
床に寝そべる。目を閉じる。意識を脳に集中させる。高音を出すときみたいに、頭のてっぺんあたり、グッと寄せるように。
そして記憶をたどり始める。一か月、半年、一年、二年、…。もっともっと前に。一歩一歩着実に。そしてだんだん、見えてくる。そう、それは三年前のお盆休み。
(グネグネと曲がった、アトラクションのような高速道路。降りた先に広がる青々とした田畑。正面の短いトンネルを抜けて、さらにまっすぐ。その先はたしか、坂道を上ったような。神社のそばを駆け抜けて、さらにまっすぐぐんぐんと。
左手には東屋。右手には、静かな藤の木。コウノトリの巣塔が見え、合鴨の鳴き声が聞こえたらすぐそこだ。
細い道を右手に入り、小さな橋を渡った先。第二の我が家が待っている。
家の前のせせらぎに飛び込む。足が凍ってしまいそうな感覚が、とても気持ちいい。カニが通るのを、大げさに避けてちゃぷちゃぷちゃぷ。さらに奥を目指そうか。
固い引き戸を開けて、中に入る。いつかの夏、テントを張った玄関。たった一枚の境界の先、別世界のような温度に包まれる。
高い段差をよっこらせ。ガラスのような戸を開けて、ただいまという。
仏壇に手を合わせ、
『暑かったけれど帰ってきたよ』
と心の内で叫んでみる。
広い居間で一息ついて、整然とした緑に体を委ねる。大の字になって、底の編み目を手がなぞる。肩車もできるような、高い木目を見つめてみる。外から蝉の声がする。隣の部屋から虫の羽音がする。祖母と母の話し声、兄のゲームの操作音、父のいびき。
時計が一周するのを見て、立ち上がる。
何か手伝うことない?と聞こうとして――)
お腹にドスンとかかった重みに目を開ける。母の呆れたような声。
三年前の夏は霧散して、今年の夏が追い付いてくる。緩やかに引いた汗が、呼ばれたようにやってくる。『お呼びじゃないぞ』と言う代わり、扇風機の前に座りなおす。
母が持ってきたブレンド茶。配合が変わったのかちょっと引っ掛かりながら嚥下して、その涼しさを五臓六腑で味わう。
うん、やっぱり文明の利器に勝るものなし。