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角川『短歌年鑑』令和2年版(2019.12.)

①高野公彦「回顧と展望」〈一般に和歌という場合、狂歌や呪い歌を含まないが、吉岡(生夫)氏はそのことに疑問を覚え、この本(=『まじない歌の世界』)を書いたそうだ。〉狂歌についてもっと学びたい。口語短歌を考える上で欠かせないプロセス。

しかしこの〈吉岡氏〉という書き方には違和感がある。論を書くときは「氏」とか「さん」とか付けない方がいいと思うんだけど。

②高野公彦「回顧と展望」その2〈『袋草紙』や『まじない歌の世界』を通じて、本来わが国には言葉の霊力に対する信仰があったことが分かる。〉和歌の時代の言霊信仰。「呪い」と書いて「まじない」と読むって知らなかった。良い結果を願って詠む歌も入ってくるわけだな。

③島田修三〈近代短歌は皇室和歌を否定し、これと断絶するところから出発を遂げた。皇室和歌はいわば旧派和歌の拠点だったのだが、…〉ここ、ね。明治はそうなんだけど、明治以前の皇室和歌と旧派和歌がどう繋がってるのか。はっきりした文献で確認したい。

④黒瀬珂瀾〈SNSにより誰もが作品を発表できる環境が生まれ、誰でも表現者、芸能者になれるフラットな新時代が到来したかのように思える。しかし歴然とした格差は生じる。〉この一年の振り返りという以上に、ここ数年の傾向に辛口でズバリと切り込んでる。特に前半が面白い。

⑤座談会「国語教育と短歌」〈佐佐木定綱「(…)規約みたいのを出されてもうまく読み取れないというのを取り敢えずどうにかしようというところがある。」〉この現実を認識しているかどうか。佐佐木のこの発言をもう少し詰めて議論していたら、座談会の方向性が変わっただろう。

⑥「下句入門」山田航〈七五調の韻文は、五音が「ストップ」、七音が「フロー」の役割になっている。〉短歌はフロー重視、俳句はストップ重視と説く。『うた新聞』で佐藤通雅は短歌は安定、俳句は不安定としている。同じ素材に対してアプローチや解釈がかなり違う。興味深い。

2019.12.27.~31.Twitterより編集再掲