見出し画像

『短歌研究』2021年8月号(1)

痛みとは空へつながる通路だと言われたことは言わないままで 小島なお 主体が何らかの痛みを感じているのだろう。その痛みについて、ある人に言われたことを、他の人(々)には言わないままでいる。上句は直言を避け、謎を秘めた言い方だ。下句もまた秘めることに焦点がある。

風の日は橋がひかるよ地上からすこし浮かんでひとを思えり 小島なお 初句二句は実景のような心象風景のような微妙なところ。読んでいると自分も見たことがあるような気持に。そんな光る橋を見ていると、少し体が浮いて来るようで、「ひと」のことも心に浮かぶ。新鮮な体感。

横たわるからだ枯れ野が広がって生前という焚き火の時間 小島なお 二句の句割れに惹かれる。身体が枯れ野に横たわっているのだろうが、横たわる時、身体が枯れ野だと言っているようにも響く。今生きている時間を生前と捉え、どんなことも焚き火に過ぎないと詠う。達観がある。

僕ら、という話しはじめのさみしさに蛍光ペンをひくように聞く 小島なお 「僕ら」が主体を含んでいても、いなくても、どこか乗り切れない、疎外感を感じているのだろう。その声に「蛍光ペンをひく」という比喩がいいと思った。声がうっすらと光を帯びて感じられる。

南から雨季が、北から欲望が、どこにいてもどこにもいられない 小島なお 連作後半には激しい感情が顔を出す。南から~は実際の気象で、北から~は喩だろう。二句の句割れが読点で自然に感じられる。下句の身の置きどころのない懊悩が、上句の雨季と欲望という語句と呼応する。

2021.9.6.~7.Twitterより編集再掲