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『塔』2023年8月号(3)

土あらばどこでも根を張り花つける水仙絶やすに燃すしかなくて 上仲修史 驚愕の事実。水仙って群生したら観光資源になるぐらいのすばらしい花だと思ってたのに、絶やす方法を工夫されているとは。それも燃やすしかないという相当厄介な雑草扱い。見方が変わった。

した後悔がいちばんこわい 国道の中央分離帯には百合がゆれ 北虎あきら してしまったことに対する後悔より、しなかったことに対する後悔の方が強いと一般には思われがち。この一首は逆だ。たしかにしてしまったら、無かったことにはできない。しかも、後悔を先取りして怖がっているようだ。中央分離帯は一つの道を二つに分ける象徴だし、揺れる百合は心の揺れを表している。7・7・5・9・7だろうが、結句5音にも読める。そのガクっと来る感じも歌に合うので、どっちで読むか迷う。

カラオケ?あーいいねカラオケすれ違いざまに聞こえたいいねカラオケ 音平まど 偶然聞こえた他人の発話を歌にしている。意味はほとんど無いし、三句四句の句跨りもぐねぐねしているのだが、全体が自然に感じる。初句の「カラオケ?あー」の表記が効いていると思った。

人生は一度きりだな、N次元を中途半端で生きることだな 小林美佐子 初句二句は当たり前のようだが、この言い切りに迫力がある。N次元は人により二次元だったり三次元だったりするのか。あるいはそれをどっちつかずに生きることか。二回の「だな」にダメ押しされる。

包まざる者食うべからずが家訓渦巻き状に餃子を並べ 佐復桂 何を包むのかと読んでいけば餃子。しかも家訓…!7・7・3・7・7と三句を三音で読みたい。この日と決めて家族皆で包んで焼く。逃げは許されない。絶対に作業に参加しなければ。文語体が最高に効いている。

㉒田村元「永久保英敏『いろくず』評」
ぼくはまた短歌なんかを作っています傷つかぬよう生きてゆくため 永久保英敏
〈(…)やや唐突だが、新渡戸稲造の「武士道」の中の言葉を紹介したい。(…)新渡戸によると、日本社会では感情の抑制が常に要求されるため、感情の安全弁が詩歌に見出されたのだという。「傷つかぬよう生きてゆくため」というフレーズは、新渡戸の「感情の安全弁」という言葉に重なる。〉
 新渡戸稲造がそんなことを言っていたなんて。新渡戸の時代から日本社会はあまり変わっていないのかも知れない。

ガラス器に汲む水 けれど誰もみなひかりそのものにはさわれない 田村穂隆 ガラス器に汲んだ水。一字空けに言葉の跳躍がある。(水は光を受けて輝き、ガラスを持てば光に触れられる。)しかし、光そのものに直接は触れられない。光が心の何か一部を象徴しているようだ。

一言(ひとこと)で多様な気持ちを表せる古語の「あはれ」と似てをり「ヤバイ」 千野みずき 言葉は違えど、その働きは同じなのだ。古来からの日本語の生理なのか。文脈に載せて相手に解釈を任せてしまうのだ。「結構」「大丈夫」「微妙」「ありえない」とかもかな。

㉕「七〇周年記念評論賞募集のお知らせ」
 「塔」会員の皆様、ふるってご応募下さい。自由題。締切は来年2月9日。まだまだ日がありますよ!8月号125ページに応募要項が載ってます。選考委員、吉川宏志、栗木京子、濱松哲朗、そして私、川本千栄も務めさせていただきます!

2023.9.1.~9.2. Twitterより編集再掲

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