『短歌研究』2023年5・6月号
①明日といふとほきを厭ふ春の夜にジム・モリソンの生前のこゑ 門脇篤史 明日はまだ遠い。まだ来て欲しくない。そんな物憂い春の夜。ジム・モリソンの歌声を聞いている。物故歌手の声は確かに生前の声だ。ぼんやりした背景とジム・モリソンの強烈な個性の対比。
②生まれたらゆれるしかないゆれながらひらくしかない睡蓮咲いた 川野里子 生物の成長は不可逆的だ。プログラムに沿って成長するしかないが、絶対ではない「ゆれる」が入っているのがいいと思った。調べを大切にした一連。この歌が一番成功していると思う。
③やりなほしできぬこの世のきりぎしがいづくにかありひとりひとりに 桑原正紀 選べたはずだが、今こうなった。あの崖で違う選択をしたらと思うが、やり直しはできない。一人一人誰の人生もそうだ。それが選択を促す崖だったことに、後から気づくこともあるのだ。
④スイッチで人が動くと思つてる子どもがピッと肩先を押す 澤村斉美 自分で「ピッ」と言いながら押してくるのだ。こういう動作をしてくる子は多い。薄々人間がスイッチで動かないことは分かっているはずだが。「ウィーン」とか言って動いてやると喜ぶのだ。
澤村斉美〈少し前までは「ぼくにはまだ『な』はむずかしいねん。カタカナにしとくわ」と言って、「ナす」「ばナナ」などと書いていたが、それもやがて「なす」「ばなな」になった。〉
一時期だけのことだが。漢字かな混じりで名前を書くのも可愛い。習った順に漢字になっていくのだ。
⑤骨と骨で抱き合いたいよ あたたかいことで騙されたりするのなら 鈴木晴香 あたたかいこと、の指すものは何だろう。暖かい言葉をかけること、温かい肌や肉体で抱き合うこと、か。それらは騙すことがある。それなら無残であっても骨で、本質で抱き合いたい。
⑥葉脈のやうだ 斜めにいくすぢも小径のあれどみな行き止まり 花山多佳子 広いところに小さい道があり、そこを歩いている。幾筋も道があるが全て行き止まり。自分のいる場所を俯瞰して見ている。それを葉脈に喩えるので、広がりと閉塞感が同時に感じられる。
⑦白木蓮ひらくこの世は仮の宿とは言へ歩く旅の果てまで 広坂早苗 上句をそのまま句跨りで四句に続けているのがいい。「とは言へ」で読む時のトーンが一段上る感じだ。旅の果て、は人生の終りだろう。仮の宿のこの世であるが、行けるところまで行くのだ。
⑧六時半だけど明るい人生を季節に例えるのってどう どうおもう? 𠮷田恭大 二句切れと取った。そこまでが季節の描写。そこから三句以降の思考に及ぶ。一度目と二度目で「どう」の働きが微妙に違う。一度聞き、一字空けでもう一度聞く。音の重なりも面白い。
2023.5.7.~8. Twitterより編集再掲