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【掌編小説】お守り

――予定通り明日、出かけられる?

拓馬が安里に送ったメッセージにはすぐに既読が付いた。

――もちろん。楽しみにしてる。で、どこいくの?

――それは当日までのお楽しみ。10時頃、家まで迎えに行くから待ってて。

拓馬が安里と外出するのは3週間ぶりのことだった。以前に出かけたのは3月末。まだ少し肌寒い頃、咲き始めた桜を見ながら散歩をした。しかし4月に入ってからゆっくりと会う時間がとれなかった。拓馬は昇進し、仕事が増え、安里は後輩の指導係になったことでまだお互いに新しい生活リズムに慣れていなかったのが原因だ。

念の為、拓馬は安里の体調を確認したのだが、メッセージには”楽しみにしてる”とある。取り越し苦労のようだった。拓馬はほっと一息ついて明日向かうべき場所をもう一度、スマホで確認してから眠りについた。

――おはよ。下、ついたから用意ができたらおいで。ゆっくりでいいからね。

自宅で待機していた安里は拓馬からのメッセージを確認し、軽く身なりを整えてからマンションのエントランスへ向かった。玄関には車に乗った拓馬が待っていた。

「おはよー。どこいくの?」
助手席に乗り込みながら安里が問いかける。
「それは、着くまでのお楽しみです」
「えー。じゃあ……ヒントちょうだい?」
拓馬は少し考えて、車を発進させながら言った。
「ここから車で2時間位。今日のテーマは”青”、かな」
「……ごめん、全然わかんない。わかんないけど……楽しみにしてるね」

途中で休憩を挟みながら車を走らせること2時間。お互いの近況報告をしているうちに気がつけば目的地に到着していた。

「はい、着きました~」
「……公園?」
「うん。会社の人に教えてもらって。海も近いし自然たっぷりで癒やされるかなって思って。週間天気予報もずっと晴れだったからここに決めました」
「そっか……そっか……。考えてくれて、ありがと」

入場券を購入し、拓馬は園内マップを開いた。
「こっちかな?」
マップに従い、安里の手を引いてゆっくりと歩く。上着もいらないポカポカとした陽気で、園内を散歩するにはもってこいの気候だった。

緑の迷路のような入り口を抜け、順路に沿って歩いていく。何度か角を曲がった先に拓馬の目指していた目的のそれが現れた。目の前に広がっていたのは見頃を迎えたネモフィラ。空の青さにも匹敵するくらいの見事な青色が見渡す限り広がっていた。入り口からずっと、先の視界を遮られていたのはきっと、この感動を訪れた人々に味合わせるためだったのだろう。

「うっわー……」
まさに絶景だった。あまりの美しさに安里は横で大きくまばたきをしながら首を左から右へゆっくりと動かしていた。
「綺麗だね」
「うん……」

「中、行ってみよう?」
人が二人並んで歩けるくらいの小道を安里がはしゃぎながら進んでいく。拓馬はポケットからそっと携帯電話を取り出してその後ろ姿を写真に収めた。安里の着ていた白いワンピースとネモフィラの青のコントラストがとても綺麗だった。

「すっごいねぇ」
安里がしゃがんで近くのネモフィラに人差し指でそっと触れる。そして、目線限りなくネモフィラに近づけて言った。
「こうやって向こう側を見ると、ほとんど青、だよ」
拓馬も同じようにしゃがみ、目線を低くするとネモフィラの青と空の青が対比され、また違った景色が見れた。

一通りネモフィラ畑を堪能した二人が園内散策を続けていると小さな雑貨屋を見つけた。
「入ってみる?」
安里は笑顔で頷いて二人は店に足を踏み入れた。店内は手作りのアクセサリーやドライフラワー、ポストカードやポプリなど幅広く”自然”を取り揃えていた。

「ちょっとうろうろしてもいい?」
「もちろん」
安里を視界の端に入れながらゆっくりと商品を見て回っていた拓馬はある一つの指輪を見つけた。それは、細い金色のリングに米粒ほどの大きさのネモフィラのモチーフが付いているピンキーリングだった。モチーフの精巧さ、小さく横に散りばめられたストーンのバランス、青色の輝き……。拓馬はこれを安里にプレゼントすることに決めてレジへと向かい、会計を済ませた。

「なーに買ってるの?」
あと一歩のところで安里に見つかってしまった。
「んー? 新しい生活の中でお仕事がんばってる安里に、プレゼント」
微笑を浮かべる店員から商品を受け取り、店を出ながら安里に手渡した。

「開けていい?」
「もちろん」
ゆっくりと包みを解く安里は途中で包を閉じた。
「え! かわいい!」
「かわいいなら、開けようよ」
安里は再び包を開け始める。今度は解ききって指輪を手にし、空に掲げた。
「キレー。ありがと、拓馬」
「サイズ、わかんなかったから不安なんだけど、どうかな」

掲げていた指輪を安里は迷った末、右手の小指にはめた。それは安里のために作ったかのようにピッタリとおさまった。

「あのね、ピンキーリングって確か意味があるんだよ」
「意味?」
安里は携帯電話を取り出して検索をかけた
「えーっと……右手の小指だと”自身を持ちたいとき、何かを成し遂げたいとき”。左手の小指だと”チャンスを引き寄せ、願いを叶えたいとき”。あとは恋愛の……。……そんな感じ!」
そう言って安里は携帯電話をしまった。
「何濁したの」
「……教えません」
「……ちなみにどっちの指につけるの?」
「……わかんない」

車に戻るまでの道すがら、拓馬は何度か安里に”そんな感じ”の詳細説明を訪ねたが教えてもらえなかった。だから安里がお手洗いに行った隙きを見て自分で検索をかけた。

「なになに? ”恋愛のお守り……大切な愛を守る……変わらぬ想い”か」
ピンキーリングが持つ意味は全く知らなかったが安里はいいように解釈をしてくれたようだった。拓馬はついでに花言葉も調べた。
「ネモフィラの花言葉……っと。”どこでも成功”か」

自分たちの関係にも、そして、明日からの仕事を頑張る安里にぴったりなものが意図せずプレゼントできたことを拓馬は喜ばしく思った。

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百瀬七海さんのサークル、「25時のおもちゃ箱」に参加しています。
こちらの掌編小説は4月のテーマ、「新しい生活」に沿って書きました。少しこじつけ感がありますが、大目に見ていただけると嬉しいです。


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