目指すべき未来は上にも下にも
「誰か、手あいてる人、手伝ってくれ」
「はい! あいてます!」
条件反射で返事をして、先生についていくとある小屋の下に着いた。
「お前返事はよかったけど……ここ登れるか?」
先生がはの小屋を見上げた後、私を見てこう言った。
目の前にあるのは脚立。その横にはビルの横についているような
消防隊員が登るような銀色のはしごが続いていた。
この日、私は陸上競技部のOB会に来ていた。
毎年お盆前に開催されるこのOB会は基本、現役生は通常通り試合を行う。
それに混ざってOB、OGの希望者も試合に参加することができる、そういうものだった。もちろん、私は参加はしない。今走ったらたら足が絡まってコケてしまうのは目に見えている。だけど、毎年、顧問の先生や同級生に会うために、このOB会には必ず顔を出すようにしている。
会の運営は生徒とOB、OGがする事になっているため、手が空いている人は駆り出されるのが鉄則だ。
今、私の目の前にある小屋の中にも、試合には必要不可欠な仕事があった。
その小屋は『写真判定室』だ。
ゴールを通過する人の写真を撮るためにボタンを押すというのがその小屋の中での仕事だった。
例えば、陸上競技100M走で走者が競り合って団子状態でゴールした場合、
その順位を0.01秒単位で判断する必要がある。
そんなときにこの写真判定が役に立つのだ。
その小屋はマンションの2~3階程の高さがあった。
登っている途中、はしごから足を踏み外したら最後、ガンガンと足、腕、顎を打ちながら地面に打ち付けられる、そんな光景が私の頭の中に浮かんだ。
だけど、仮にも元陸上部。(10年以上も前の話だが)
ここで登らにゃ女がすたる!
「先生、私昔バリバリ走ってたでしょ? それに、運動神経は悪いほうじゃないんですよ?」
それは自分を鼓舞させるための強がりだった。
というのも私は実は高所恐怖症。高いところが大の苦手なのだ。
外が見える透明のエレベーターなんて大嫌い。
ジェットコースターやフリーフォールなんてもってのほかだ。
だけど、覚悟を決めて鞄を肩から提げ、気合を入れて登り始めた。
「いけるかー?」
先に登っている顧問の先生が続いて登る私に声をかける。
「大丈夫です」
下を向かずに答えた。怖くても、下を見なければいい。
上を、前だけを見るんだ。未来を見るんだ。
はしごを握る手が熱さと緊張の汗で湿って、登るにつれて滑りやすくなっていく。あと少し、あと少し!
そう思ってついに登りきった。
無事写真判定室に着いた私はその中で仕事に勤しんでいた後輩から機材の説明を受け、仕事をバトンタッチした。
小屋からは競技場全体がはっきりと見えた。もしかしたら一番の特等席かもしれない。そんなことを思いながら、写真判定の仕事に勤しんだ。
そしてその日のプログラムが全て終わった14時。
私はあることに気づいた。
下を、見なければ降りられない。
私の目指すべき未来は、今度は下にある。
だけどずっと小屋の中にいる訳にはいかない。
……降りるのにかなりの時間を要したのは言うまでもない。