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「かわいい」を教えてくれた彼 #わたしの愛するかわいい

「かわいいって言われて喜ぶ男子なんかいないよ」
ふてくされながらそう言う姿もかわいい、と思うと同時に私は自分を責めていた。というのも私は過去、その彼に対して「かわいい」と繰り返し言っていたからだ。

昔から好きになるタイプはだいたい決まっていた。それが「かわいい人」だった。小柄で、小動物のようで線が細い人。幼稚園、小学校、中学校……そして今。その傾向は変わらない。だけど残念なことに「かわいい人」は私とは正反対のおとなしい女子が好きだという人ばかりだった。私が想いを寄せる「かわいい人」にはいつもやまとなでしこのような彼女がいた。


「かわいい人」の魅力。それはただ外見や仕草がかわいいだけではない。かわいいの使い方を知り、それをコントロールして誰かのために使うことができるのだ。中学校のときに想いを寄せていた「かわいい人」はそれの最たるものであり、同じ部活動の仲間であり、私に大切なことを教えてくれた。


毎年秋に実施される中学校の文化祭。2年生のとき、クラス展示として各クラスで1つ、四六版ほどの大きさの貼り絵を制作するのが課題だった。もちろん、美術の時間だけでは制作時間は足りず、放課後に作業をする必要があった。

当時の私は部活動をするためだけに学校に行っていた。放課後は部活動の時間に充てたい。だけど作業に全く顔を出さず後で陰口を言われるのも嫌だったので、ある日、部活動を休んで作業に加わることにした。

集まっていた生徒の数はクラスの半分程度。そのうちの半分が真面目に貼り絵制作をしていた。残りの半分は帰宅部のヤンキー男女とその取り巻きで教室の端でたむろしていた。

私は運動神経がそこそこよかったため、体育の時間に運動好きのヤンキー女子と仲良くなった。その流れで他クラスのヤンキー男女にも知られるようになり、たまに話すような関係性になった。

「ちよこ、話すと面白いし、かわいいよなぁ」
仲良くなるにつれて、ヤンキー男女にこう言われるようになった。直接的な表現にどう答えるのが正解かわからず、最初は「そんなことないよ」と否定していた。だけど、いやいや、いやいや……というやり取りがいつも続くのが煩わしくなったため、ある日を境に「ありがとう」の一言に笑顔を添えて返すことに決めた。もちろん、最初の「ありがとう」の際には褒め言葉を素直に受け取ると彼らに説明した上でだ。


「自分のことかわいいと思ってるんかな」
「お世辞なのにね。ありがとうって言う人なんて聞いたことない」
トイレから戻り、教室へ入ろうとした時、ドアのそばで女子特有のひそひそ声が聞こえた。誰と誰がそこにいるのか、声だけでわかった。ヤンキー男女の取り巻きだった。

「そういう意味じゃない!」
彼女たちに言い返せる程私の心は強くなかった。私はその場に固まってしまった。前進か、後退か。目に浮かんでくる涙をぐっとこらえながら私は踵を返して元来た道を戻ることにした。

教室から離れ、人気のない廊下の窓からグラウンドを見下ろす。こんなことなら今日も部活に行っておけばよかった。帰りたいけれど、鞄は教室にある。何をするわけでもなくただぼーっとしていた。

どのくらい経っただろう。横に人の気配を感じた。そこにいたのは「かわいい人」だった。

「ただの妬みだし、気にすることないんじゃない」
「……聞いてたの」
彼は私の質問に答えなかった。返事がないということはイエスということなのだろう。
「一緒に、戻る?」
「……戻りたくない」
「多分……俺いたら……大丈夫だと思う」
いやいやあんた隣のクラスじゃん、と思いながら私は黙って彼の後について教室へと向かった。

隣のクラスの「かわいい人」が教室に足を踏み入れると、ヤンキー男女は彼に話しかけた。どうやら普段から交流があるらしい。すっと集団に溶け込んで、気づけばもみくちゃにされている彼の姿を初めて見た。

私も何事もなかったかのように再び貼り絵の制作に加わった。

数十分後ちらっと「かわいい人」の様子を伺うと、ヤンキー男女のうちの1人と目があった。
「どした、ちよこ。……やっぱかわいいなぁ」
その言葉が飛んだとき、間髪を入れずに「かわいい人」がこう言った。
「なー、いつも思ってたんだけどさ、ほんとにそう思ってんの?」
そしてちらっと、先程悪口を言っていた女子の方を見た。
一瞬、空気が凍ったのに気づいた人は何人いただろう。言い方には丸みがあったし「かわいい人」は笑顔だった。だけど、彼女たちに向けられた視線は鋭かった。
「当たり前じゃん! ま、お前の方がかわいいけどな」
ノリの良いヤンキー男子が放ったこの言葉のおかげで空気が溶けた。


「かわいい人」は自分のかわいいを以て空気を制し、私に向けられた真意のかわいいを守ってくれたのだ。

これ以降もヤンキー男女は「面白いな、かわいいな」と言ってくれたけれど、例の取り巻きの彼女たちは私に話しかけてくることはくなった。


もしかしたら私はこのときまで「かわいい」という言葉をかけられたことに対し、驕りがあったのかもしれない。驕りがあれば見えるものも見えなくなる。たった4文字の言葉に込められた真意を見紛うことのないように注意を払わなければならない。彼は私に大切なことを教えてくれた。

「かわいい人」と私はその後も友人として程よい距離を保ち、別々の高校に進学した。彼は電車通学、私は自転車通学だったのでぱったりと会うことがなくなった。

だけど高校3年生のとき、塾の冬期講習で偶然再会した。
同じくらいだった身長は数センチ、彼の方が大きくなっていた。
「俺、成長したでしょ」とあの頃と同じように話しかけてくれたのが嬉しかった。その後、連絡を取るようになって……なんてドラマのような展開は、ない。

私の好きだった「かわいい人」。
多分、お父さんになっても、おじいちゃんになってもずっと「かわいい人」なのだろうな。

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