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【掌編小説】こたつでアイス #文脈メシ妄想選手権
――今から向かいます。
今日は金曜日。部署内での飲み会が思ったより長引いてしまった。
俺は寒さでかじかむ指でエリカに連絡を入れた。
「おかえりなさい」
玄関を開けるとエリカはいつも暖かい笑顔で出迎えてくれる。先程まで扉を一枚隔てた向こう側で肩をいからしていたのが嘘のよう。全身が、まず心が、ほぐれていく。
「さむーい」
廊下を抜けてリビングに入ると、先程まで暖を取っていたのだろう、そこには彼女の抜け殻があった。
「こたつ、入ってて」
エリカに告げた俺はコートとジャケットを所定の場所に掛け、洗面所へと向かった。
手洗いうがいを済ませて再びリビングへ戻った。するとエリカは“抜け殻”にピッタリと収まってバラエティ番組を見ていた。
「隣、いいですか」
「もちろん。ぬくめといたよ」
そして俺はこたつに滑り込んだ。
「あー。あったまるー」
足先から順に、体がほぐれていく。俺はこたつの素晴らしさを社会人になるまで知らなかった。というのも実家の父に“こたつは人を駄目にする”という信念があったから。
エリカと付き合うようになって迎えた初めての冬。こたつに初めて入ったときのあの感動は今でも覚えている。
バラエティ番組は程なくしてCMに入った。するとエリカが思い出したように口を開く。
「あ、そうだ! アイス食べない?」
「アイス?」
「そう。こたつでアイス、食べたことないって言ってたでしょ? ……おなかいっぱい?」
いいよ、と言うとエリカはいそいそと冷蔵庫へ向かった。
手にしているのは少しお高めの有名なアイス。ひょんなことから友人にアイスクリームのギフト券をもらい、今日、コンビニで引き換えてきたそうだ。
「1個しかないんだけど、ご飯後だし、夜だから半分位が丁度いいよね」
エリカが鼻歌交じりにカップの蓋を取る。ウキウキが俺にまで伝わってきて自然と笑みが溢れる。
「はい、どうぞ」
「いーや。ここは家主から先にどうぞ」
くりっとした目で俺を見つめること数秒。エリカはいただきます、と小さくつぶやいてアイスをスプーンでひとすくいした。すると、彼女の顔がぱっと華やぐ。
「この、体がぬくいのに口とか喉がひんやりするのがもうっ……たまらないー」
リミッターが外れたかのようにエリカは二口目、三口目とアイスを口に運ぶ。このままでは俺のアイスがなくなってしまう。
「あのー……全部1人で食べちゃう感じ?」
エリカがはっと我に返った。目まぐるしく変化するエリカの表情。いつも見ていて飽きないし、癒やされる。
「ごめん! はい、どうぞ」
カップとスプーンが回ってきた。エリカはずっとカップを握っていた左手が冷たくなったのか、左手を机の上で手をグーバーさせていた。
「手、冷たくなった?」
エリカの左手をぎゅっとにぎる。アイスに熱を取られ、すっかり冷え切ってしまっている。
「……ぬくい」
そう言いながらエリカは恥ずかしそうに下を向いた。
「……照れてる?」
「照れてない!」
負けず嫌いのエリカがきっとこちらに向き直る。その瞬間を俺は逃さなかった。エリカを引き寄せてキスを落とす。ほのかに甘くて温かいバニラ味。
「……うまい。……あれ? 照れてる?」
「……照れてない!」
「そ? じゃもっかいする?」
するとエリカの顔は次第に赤みを増していき、囁くほど小さな声で言った。「ア、 アイス……たべちゃう……よ?」
「どーぞ」
エリカが一口アイスを食べる。俺は一口おこぼれをもらう。
一口ごとに深みが、増していく。
ほのかな甘さははっきりとした甘さに、温かいバニラ味は冷たいバニラアイスに変わっていく……。
こたつでアイス、悪くない。
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