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【映画感想】大大大好きな映画

思ってた10倍グロくなかった。
あれ、記憶違い?

さて、大好きな映画であるデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』観てきましたよ!IMAX!
日曜日ということもあり、満員満員。
やっぱみんな好きですよね!

最近は映画館に行かないと大々的に感想を書いてはいけないのでは、と謎の強迫観念からサブスクで観たものの感想が書けてないのですが。
『セブン』もその一つでしたが。

ただ、やっと映画館で観れたので、満を持して感想やってみます。
幸せ過ぎて脳汁ドバドバです。

ネタバレはありますよ。ご注意。

あらすじ

オープニングがかっこよすぎるのと、エンディングがヘンテコで有名な映画です。

主演は、ブラッド・ピットとモーガン・フリーマン。
どちらも大好きな俳優さんなので、それだけでも満足なんですけどね。

感想

記憶改ざん系映画ですわよー!
あれあれ、グロくなくてビビっております。
やられた!という気分。
「マインドハンター」と同じ手法だ!

この映画、記憶を消されたんか、と思ってしまうほど思ってたんと違ったんですが。
最後に観たのが丁度一年くらい前だったので、私の記憶力ではキャパを超えてしまったようでした。
グロいのは写真の中と会話だけで、画としてのグロさはあまりないんですよね。
R指定はあるものの、あまりビビらなくても観られますね。

この映画の嫌だなって思うとこの一つが、サマセットがミルズにもう少し相棒やっていたい、と話した直後にジョン・ドゥの登場とあのラストって言うのが胸糞ポイントですよね。
だからこそ、好きなんですけど。
それを踏まえてのラストのオチが最高なんですけど。

サマセットの危うさとミルズのこれからの妄想が膨らみます。

考察

七つの大罪をテーマにしていますが、私自身『神曲』『失楽園』等読んだこともないし、如何せんクリスチャンでもありませんから、この映画における宗教性はあまり理解できていないことをご留意していただけますと助かります。

さて、殺人の順番について、自分のために整理してみますと、
暴食→強欲→怠惰→色欲→傲慢
ですね。
ここまでが恐らく始めからジョン・ドゥが想定していた殺しなのでしょう。
ラスト二つ、嫉妬と憤怒に関してはちょっと別枠。

怠惰の殺し方が一番グロいですね。
寝たきりだし、手はなくなるし、薬投与されるし、爪剥がされるし、一年間放置だし。
本編関係ない情報ですが、暴食で殺されたあの人、脚本家らしいです。
脚本家が死んじゃった。

最後二つの罪について、ジョン・ドゥの言い分を信じるのであれば、
嫉妬→ジョン・ドゥ
憤怒→ミルズ
となりますが、何となく納得しないような、するような。

そもそもジョン・ドゥの考える裁きは殺しをもって成してる部分があるので、ジョン・ドゥ自身が死ぬのはわかりつつ、ミルズが裁かれているというのは不思議なような気もします。
それに、ミルズに対して「立派」と言っていますし、裁くとは?といった感じがあります。

裁く対象としてミルズを見るのであれば、浮気をしていた可能性でしょうか。
あまり考えられない感じがします。
「帰りが遅いから妻に疑われている」とは言っているものの、それは事件に勤しんでいるので、やはり浮気の可能性は低いように思います。
もし、浮気してるとしたら事件に対してということですか。つまり、ジョン・ドゥ。

嫉妬の方向がややこしくなっていますが、
トレーシー→ジョン・ドゥ→ミルズ
ということですか。

それとも、実際夜一緒にいるのはサマセットなのでトレーシーの嫉妬はサマセットへのものになるとも考えられますね。

ややこい!
まあ、ここで言いたいのはトレーシーに罪があったのだと捉えることもできるということ。
殺されることに妥当などありませんが、少なくともジョン・ドゥにとっての妥当性はあったのかもしれない。

で、ここで一つ仮説ですが、
嫉妬→トレーシー
憤怒→ジョン・ドゥ
と見なしてみる。
普通の暮らしに嫉妬したと言っていましたが、というより自分と同じような人間であるミルズが普通の暮らしをしていることに苛立ったと捉えてみる。
同じような人間としたのは、ミルズにとって銃のトリガーが固くないことが挙げられます。
普通の人は撃てませんから。サマセットのように。

同じような人間でありながら、普通の生活をするミルズではありますが、上記したようにジョン・ドゥにとって彼は「立派」な人間です。
ジョン・ドゥを裁くには都合のいい人だったのでしょう。
それでいて、「立派」な人が殺人を犯すという事実が罪ある人々を変えてくれる、これがジョン・ドゥの考えたことなのでしょう。

または、トレーシーを殺すことには少しも何も考えなどなく、何も考えてないこと自体がジョン・ドゥの罪になってしまい、それが嫉妬の罪ということ。

これははじめに提示した
嫉妬→ジョン・ドゥ
憤怒→ミルズ
という図式になります。

ミルズへの裁きが、彼自身の殺人とトレーシーの犠牲ということになるのでしょうか。

七つの大罪には対応する美徳というものがあるらしく、憤怒と対応するのが忍耐。
終始ミルズには備わっていなさそうなものですね。
むしろサマセットにあるものなので、キャラクター的に二人が対比されていることが伺えます。
こちら余談。

ジョン・ドゥの発言にあるように、最大の罪は人々にあるようです。
この映画における最大の人々代表であるサマセットへの裁きになっているとも捉えられる気がします。
つまり、無関心こそ罪であるのではないでしょうか。

ラストのヘミングウェイの引用によるサマセットのセリフで考えられるのは、人々が戦う意思を持つこと、これがジョン・ドゥ最大の目的。
成された、と見ることができます。

さいごに

そういえば、上手に言語化してくれた素晴らしい芸人さんがいるので、こちらも是非。


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