大企業を辞めて来たベンチャーだからこそ、大企業にはできないことをやる。 株式会社AtomisCEO 浅利大介氏インタビュー
Hardtech & Healthというカテゴリにとどまらず、様々な分野への応用が期待できる素材系スタートアップが、京都大学発の多孔性配位高分子(PCP/MOF)技術を持つAtomisだ。気体をナノレベルで制御する技術を利用した小型ガスボンベ「CubiTan」には、100年間変わっていないガスの流通を変えられる可能性が期待されている。大企業にはできないベンチャーならではの強みや、日本では珍しいマテリアルのスタートアップとしての意気込みを語ってもらった。
イノベーションを起こせないと感じた大企業の体質
ーー創業に至った経緯を教えていただけますか。
もともとの成り立ちは、京都大学の樋口雅一先生が立ち上げた会社です。新素材を世の中に出すやり方としては、昔は大企業が30〜40年かけて、社内で製造のスケールアップとかもやって、そこから出していくっていうパターンでした。それがだんだん業界自体のターンオーバーが短くなって、研究開発にかける時間というのも短くなってきて、新素材を企業に手渡しするために素材ベンチャーというのが必要になってきたんです。ただ素材ベンチャーって費用対効果が悪いので、なかなか投資家が集まらない。だけれどもそれを打ち砕くようなことをやろう!ということで作ったのがAtomisです。
ーー浅利さんがAtomisにジョインしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
実はかなり悩みました(笑)。いろんな人から話をきいていくと、僕が大企業で学んだことがベンチャーでも役に立つんじゃないかと思えてきて、年齢的にも「やるなら今しかないな」と思ってジョインしました。
40代になってくると、大企業では管理職でそれなりの良いポジションになってくるんです。それが楽しいと思う人もいると思うんですけど、反対に僕は楽しくないと思い始めてきた時期だったんですよね。給料はどんどん上がっていくと同時に、面白みはどんどんなくなっていく。40代から、社内政治が一番重要になってくるんですよ。永遠に社内政治をやり続けるんです。
社内政治って結局保守的な考え方で、イノベーションと全然一致しないんです。会社で生き残って役員になる人たちって、「守り」がすごくうまい。イノベーションって「攻撃」ですよね。守りがすごい人に、攻撃ってわからないんですよ。つまり、イノベーションは絶対起きない。新しいことをやるためにはもう会社を出なあかんかなと思っていたら、片岡(片岡大COO)も同じことを思ってて。まず僕が辞めて、そのあと片岡も辞めてAtomisに来たんですけど、僕は片岡には「まだ来んほうがいいよ、給料も出るかどうかわからへんし」て言ったんです。けど片岡は「そういう状況やからこそ面白い」というスタンスで来てくれました。
ーー素材ありきで始まったという点で、イシュードリブンなスタートアップとは少し違う立ち位置かもしれませんが、Atomisのビジョンとはどういったものなのでしょうか?
よく「イシューから会社を興すべき」とかいうんですけど、僕はそんなことはないと思っていて。みんながそういうんだったら、僕は材料からビジネスを見つけ出そうっていうスタンスです。材料をちゃんとよく見て、イシューを考えればいいだけで。この材料をどこに使えば面白いんだろう?っていうのを自分たちで考えるところからまず始めました。で、ガスのデリバリーっていうのが面白いんじゃないかってなって。地球上でも重要だし、宇宙に行っても重要だし。今は圧をかけて大きな金属に押し込めることしかできないので、絶対変わっていくだろうなって思ったんです。一般的なガスだけじゃなく、エネルギーもガスに変えるっていうところで、大きいビジネスが組めるんじゃないかなと思っています。こういう新しい領域や破壊的なビジネスができるのは、しがらみのないベンチャーならではですね。大企業は既存のビジネスが影響を受ける可能性があるので、破壊的ビジネスをなかなか起こせないんですよ。
ーーこういうところと組みたいという希望はありますか。
マテリアルの方は、今既に良い会社と組んでいます。ガス関係や空気を管理するような会社とは一番大きいビジネスが考えられるので、僕らが望んでいる相手です。CubiTanに関しては、認可が取れるところまで来たら、大手のガスメーカーさん何社かと一緒に契約を結びたいですね。その時にはボンベを大量につくらないとだめなのでリース会社さんも入っていただきたいですし、大きいコンソーシアムみたいなものを作りたいですね。
高い壁への挑戦
ーーAtomisをやっていくうえで大切にしていることは何ですか。
大学で作ったこの材料をいかに早く世の中に出すかというのが、大学発スタートアップとしての、特に素材ベンチャーとしての使命だと思っています。マテリアルという事業をやっているのもそれが理由です。それが僕らの体力の源泉にもなっているので。ボンベだけだと、認可降りなかったら資金ショートして終わっちゃいますけど、マテリアルという部分で評価してもらえれば、前に進める。よくVCさんにも、「事業をどれかに絞るべき」と言われるんですけど、僕は違うっていつも言い張るんです。大企業だってポートフォリオ組んでるわけじゃないですか。なんでベンチャーがポートフォリオ組んだらダメなのか。事業を一個だけに絞れるアプリとかは、ある意味潰しがきくんですよ。ダメだったらやめて次やったらいいじゃないですか。素材ってそんな簡単なものじゃない。でもみんなそういう点ばかり見て投資してきているので、もう視点がそういうふうになっちゃってるんですよね。一個のアプリに投資して2年くらいやって儲からなかったらやめて引き上げる、というような。
ーー素材ベンチャーはそもそも珍しいですが、Atomisの強みとは何でしょうか。
素材ベンチャーが失敗するのって、B2Bになるからなんですよね。いくらいいものを作っても、パートナー企業が「戦略変わったんで」ってなったら止めざるをえない。それをやってると、ぜんぜん前に進まないんですよ。自分たち独自の力で最後まで売り切るんだ、くらいのものを作らないと。それを僕らはCubiTanていうところに集約しているので、自分たちの力で進めることができるんです。素材ベンチャーは自分たちで売れるものを出さないといけないんです。B2C、B2B2Cまでいかないとダメですね。
シリコンバレーが苦手なものを日本はやるべき
ーー日本では素材ベンチャーは珍しがられるのではないですか?
みんなによく「シリコンバレーでも素材ベンチャーってなかなか成功しない」「バリュエーションもつかない」って言われました。だからこそやる価値があると思っています。僕らだと、ちょっと何かやろうと思うと何億とかかかるんですよ。バイオや創薬ベンチャーになるとビジネスモデルが出来上がっていて初期段階で売り払うのも可能なのでVCさんも投資してくれるんです。でも化学材料とかって、みんな「ほんまに儲かんの?」っていう反応なので、長期的なビジネスとしていかに儲かるようになるかっていうのを説明するのが大変ですね。
日本でもスパイバーさんとか、素材ベンチャーでもうまくいっているところはなくはないんです。「シリコンバレーが得意じゃないベンチャーを日本はやるべき」と僕は思っていて。Plug and Playさんにこう言うのもなんですけど、それぞれ差別化するのが良いと思っています。シリコンバレーが得意としている分野と同じようなテーマを日本でやる意味って全くない。たとえばフィンテックとか、あれだけお金が集まるところで、すごく得意な会社がいっぱいある分野に対して、ほんとに日本からそんな発信能力あるの?って僕は思っています。シリコンバレーでフォーカスされていないようなベンチャーの方が実は日本は得意じゃないのかな…。人と違うことさえやれば、ビジネスって生まれるんじゃないかなぁと思ってるんですけどね。とはいえUberのあとLyftができたように、同じようなサービスでもうまくいったりするんで、何とも言えないですけど(笑)。
でも個人的には、せっかく会社やめてやるんだから、他人の真似をしたくない、人と違うことをやりたいと思っています。素材をモノとして売るんじゃなくて、素材をサービスに変えて売る。素材ベンチャーは、そういうふうにやっていかないとダメなんじゃないかなと思っています。
大学にも大企業にも属さないベンチャーの強み
昔は大学と大企業とが組んで、大企業が長く一生懸命事業を育てるという形でした。長い期間をかけて価値を上げて消費者に届けるのがゴールだったんですね。そういう大企業依存型製品開発というのをやっていたんですけど、もう今は大学発ベンチャーが大学と企業の間に入って、企業が製品開発する範囲というのがどんどん小さくなっている。大学と企業だけだと、両者のギャップが大きすぎてなかなか進展しないという状況になっているんだと思います。だからベンチャー発信型の能動的な製品開発が、新素材の分野では必要ですね。これまでの産学連携には限界がある。過去のやり方だと大企業の体力が保たないんで「それが本当に最適ですか?」って言いたいです。大企業と大学ってあんまりマッチしないんですよ。だからアメリカとかに行くとだいたいベンチャーが間に入っている。「ベンチャーと大企業と大学」だったら意味があるんですけど、日本はどうしても「大企業と大学」だけになっちゃってる。特に素材ベンチャーは全然ないので、互いのニーズが合わないまま進んでいくケースが多いように見えます。日本もこういうベンチャーがいっぱいできれば、いろんな研究開発がもっと進むと思いますね。
株式会社Atomis
設立:2015年
代表取締役CEO:浅利大介