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朗読用台本「月祭りの夜に」
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みよちゃんは、石でできた階段をとぼとぼと降りていきました。
頭のなかは、どうしよう、どうしよう、とただそればかり。
だってみよちゃんは、たしかに聞いたはずなのです。
「今日は、お月さまのお祭りの日だよ」
そう言ったのは、となりの席のゆうくんだったか、それともそのむこうにすわっていた かなちゃんだったか。 子どもたちが騒ぐ放課後の教室は、言葉だけが耳に残って、その声の主をかき消したのでした。
みよちゃんは、はりきって、おうちに帰りました。
そしてお母さまにせがんで、だいじな、赤い巾着袋を出してもらいました。
可愛らしいぼんぼんのついた巾着袋は、みよちゃんの誕生日に、お婆様が作ってくれたものでした。
思い返してみればたしかに、お母さまは
「あら、お祭りなんてあったかしら」
と首をかしげておいででした。
今、みよちゃんのいる神社にはなにもなく、木々が寂しく梢を揺らすばかりです。
あんなにわくわくして行ったのに、美味しいにおいをただよわせる屋台も、にぎやかなお囃子も、仄かに道を照らす提灯さえありません。
このまま帰ってしまうのもなんだか悲しく、みよちゃんは途方にくれていました。
せめて、お母さまに約束した お土産のりんご飴さえ買ってかえることができたらよかったのに。
巾着のなかで、おこづかいが、ちりんとゆれました。
そのときです。
「おじょうさん、おじょうさん」
ちいさなちいさな、まるで吐息のような声がしました。
声のする方に振り向いても、誰もいません。
「あら、気のせいかしら」
みよちゃんは、少し不安になりました。
「ちがいますよう、もっと下をごらんなさい」
声に言われるまま下の方を見ますと、ちいさなうさぎが、ちょこんと石段に座っていました。
まっしろな毛並みは、月の光をあびて、ぼんやりと光っています。
「あら、うさぎさんだったのね。こんばんは」
みよちゃんが挨拶をすると、うさぎは頭(こうべ)を垂れました。
「おじょうさんに、お尋ねしたいことがあるのです。 月祭りの入り口は、どちらにあるかご存じないでしょうか」
「月祭りですって?」
「ええ、今夜はとても綺麗な月夜ですから、お祭りが中止になるはずもございませんよ。ただ、私は最近ここらに来たばかりなので、入り口がどこなのか、よくわからないのです」
「私もわからなくて困っていたところだったの。ねえ、ちいさなうさぎさん、一緒にさがしましょうよ」
「ええ、ええ、そうしましょう」
うさぎは、ぴょんと耳を立てて、喜びました。
みよちゃんは、今度はうきうきと神社の方へ戻っていきました。
お祭りの提灯はないけれど、月の光が照らしていたので、ものの形はよく見えました。
階段を上りきると、みよちゃんはまず、鳥居のところへ行きました。
お祭りはこの辺りからはじまるはずでした。
続いてみよちゃんは、手水舎(てみずや)へ行きました。お祭りの屋台は、ここで終わるからでした。
最後のお店はお面屋さんです。 みよちゃんはいつも、それまでにならぶ綿菓子やりんご飴でおこづかいを使ってしまって、おうちに帰ってもお祭りの続きができるようなお面を買うことはありませんでした。
「いつもなら、このあたりにお祭りがあるはずなのだけど…。」
みよちゃんが首をかしげると、うさぎが肩にとまりました。
すると不思議なことに、お囃子の音が聞こえて来ました。
「あら、うさぎさん。お囃子が聞こえるわ」
うさぎも耳をすませました。
すると、どんどんと叩く太鼓や、ぴいぴいと甲高い笛の音が聞こえてくるのでした。
ふたりは顔を見合わせました。 どうして、今まで気が付かなかったのでしょう。
お囃子は、参道をはずれた草むらの方から聞こえてきます。
みよちゃんがずんずんと音のする方に歩いていくと、まんまるにひらけた広場がありました。
わたあめのよいにおいが、みよちゃんの鼻をくすぐりました。
広場のまんなかには太鼓が置かれていて、どんどこ、どこどこ、たぬきが叩いています。そのそばでは、きつねがぴょろぴょろと笛を吹いていました。
月のお祭りは、動物たちでごった返しています。
広場をぐるっと囲んだ屋台には、わたあめも、りんご飴も、お面屋もありました。 みよちゃんも、うさぎも、はじめてお祭りに来た子供とおんなじになって、きらきら、どきどきと胸がはずみます。
まるで、お月さまの光が集められたかのように、そこは黄金色に光っているのでした。
(おしまい)