[ショートショート] 奪われた唇 - 私とあいつとギターとベース #春弦サビ小説
小説のサビ部分。つまり盛り上がるところだけを抜き出して書く試みです。
唐突にいろいろ出てきますが、物語の前後を妄想しながら読んでいただければ幸いです。
タケノコさん作詞/PJさん作曲の『奪われた唇』から物語を考えてみました。
奪われた唇 - 私とあいつとギターとベース
「ケツが見えてるぞ」
出番が終わって楽屋で独り楽器を片付けていると、いきなり話しかけられてビクッとなった。
振り返ると、あいつがいた。
リリアのベース。トーマだ。
「え、あ」
慌ててスカートの後ろを触ると、見事に裂けていた。
ライブで激しく動き過ぎたか…。
まさかパンツまで…と思ったが、パンツは無事だった。
実際ケツは見えてなかったようだ。
私が慌てていると、トーマがポケットからジャラジャラと何かを採り出し手渡してきた。
受け取ると、それはいくつかの安全ピンだった。
意味が解らず私がキョトンとしていると、トーマはイラついたような表情になり、私の手から安全ピンを奪い取ると、スカートをひっぱて、裂けたところにつけはじめた。
私は恥ずかしくなって動こうとしたが「動くな」と言われ諦めた。
「よし」
安全ピンをつけ終わると、あろうことかトーマは私の尻を手のひらで軽くポンと叩いた。
私はまたビクッとなってしまった。
「ちょっと、セクハラで訴えるよ」
私が怒って言うと、トーマははははと笑って「じゃあ、そのピン返せよ」とまた私のスカートを引っ張って来た。
私は彼の手を払いのけてさっさと楽屋の出口に向かった。
そして振り向きざまに「いちおう、礼は言っとく」と言い捨てた…つもりが、トーマは自分のベースを取り出していて、私のことなんかもう気にしてない様子だった。
私は腹がたってそのまま楽屋を出た。
フロアに戻ると私たちの次のバンドの最後の曲だった。
トーマのバンド リリアの出番は次。本日の大トリだ。
私はさっきのくだらないやり取りで、トーマのルーティーンを崩してしまったのかもと思い当たり、少し申し訳なく思った。
演奏前に独自のルーティーンを持っている演者は少なくない。あのタイミングで楽屋に来たと言うことは、何かしらのルーティーンがあったに違いない。
前のバンドの最後の曲が終わり、トーマたちの出番となった。
今日は場数を踏んでいる出演者が多いので、転換もスムーズだ。
トーマがベースを持ってステージに出て来た。
エフェクターを並べてベースを接続すると、チューニングを行う。
いつもより念入りにチューニングをしているように見えた。
いつもって言ってもそんなに対バンしたこともないけど。
各楽器がアンプに接続されて音が鳴り出す。
ドンドンドンとバスドラの音がする。
私はライブが始まる前のこの時間が好きだ。
生演奏が始まるぞって感じ。
トーマも普段通りの様子に戻っていてほっとする。
リリアの演奏が始まった。
ベースから始まる曲。私、この曲が好きだ。
リリアの曲は激しい。ハードコアだ。
観客が音にあおられ一気にテンションが上がる。
200人も入ればぎゅうぎゅうの小さな箱だけど、ここは何処よりも熱気がすごい。
トーマはモニタースピーカーに片足をかけて、白目で舌を出しながら一心不乱にベースをはじいている。
わ~相変わらずイカれてるなぁ…と私は思った。
それでも彼らの演奏は失禁しそうなくらいにカッコよかった。
観客たちが暴れ出し、たちまちモッシュピットが形成された。
ぶつかりあいながら、ぐるぐるみんな回っている。
私もたまらず、その中に飛び込んで行った。
そしてすぐに弾き出されてしまった。
私のような非力な女子は、モッシュピットに潜入しても、だいたい弾き飛ばされてしまう。
普段ライブで暴れて鍛えていてもなかなか入れない。
それでも私は入って行くんだ、モッシュの渦の中へ!!!!
…で、捻挫をしてしまった。
だいたいリリアと対バンの日は身体中アザだらけになるし、翌日は筋肉痛でバキバキだ。
学習しないな…と思いながら私はフロアの一番端っこまで逃げてしゃがみこんだ。
ライブハウスの床はベトベトで、酒とたばこと汗とアンモニアの臭いがした。
ここでこうしてうずくまっていると、爆音が鳴り響くこの空間がどこか遠くに感じられるのだった。
どういう状況なのかよくわらないけど、トーマはベースを頭の上に掲げながら弾いていた。
今日はテンションが高いようだ。
なんだかとても疲れていた。
私はベトベトの床に寝そべって、そのまま眠ってしまった。
・・・
「おい、こんなところで寝るな。ケツが丸見えだぞ」
揺り起こされて目を開けるとトーマだった。
イベントは終わり、ライブハウスの中は明るくなっていた。
スタッフのみんなが片づけを始めている。
私は起きあがると、めくれてしまったスカートのすそをなおした。
「セクハラで訴えるぞ」
私の返答にトーマは何か言いたそうだったが、私がメンバーに呼ばれると、そのままスッとどこかへ言ってしまった。
立ち上がってメンバーの元に行こうとすると、思いのほか足首が痛くて歩くのが大変だった。
明日医者に行った方がいいかもな…と思いながら、メンバーの元に向かった。
私が寝ている間に清算を終えてくれていて、私は今日の取り分をもらった。
二千円だった。
…まあ、こんなもんか。
楽屋に置いた楽器を持って私たちはライブハウスを後にした。
私だけみんなと違う方向だったので、ライブハウスの前でみんなと別れた。
時計を見ると、最終バスは行ってしまった後だった。
ここから歩いても家には帰れるのだが足が痛かった。
タクシーに乗るか…? と迷ていると、後ろから声をかけらた。
トーマだった。
私は安全ピンを借りぱなしなことに気が付いた。
「あ、これ」
私がピンを外そうとしていると、トーマが私の手を抑えた。
その手は無言で外さなくていいと言っていた。
その代わり、トーマは「足、痛いのか?」と言った。
「なんともない、これくらい」
「ダメだ、ちょっと待ってろ」
すぐそこにあった公園のベンチに私を座らせると、トーマはどこかへ行ってしまった。
それから数分後、アイスコーヒー用の氷を持って戻って来た。コーヒーは入れずに。
氷を手渡された私がキョトンとしていると、トーマはイライラした様子で、氷を私の足首に当てた。
「捻挫したんだろ? 冷やした方がいい」
「大丈夫だよ」
「お前がモッシュピットに突っ込んでいくのが見えたんだよ」
「え、ずっと白目だったじゃん。見えてんの、あれ?」
「客のことはよく見えるだろ?」
…まあ、そうだけど…。
私の足首に氷を当ててくれているトーマの横顔が、急に、美しいと思ってしまって、私は焦った。
…まてまてまて、リリアのベースだよ。白目のトーマだよ。美しいって何???
「もういいよ。一人で帰れるから」
私はもうこれ以上トーマと一緒にいるのは危険と思って言った。
せっかく心配してくれてるのに不躾だったかなと思ったが、これ以上踏み込まれたくないような気持ちもあった。
トーマは氷をベンチの上に置くと、じっと私の方を見て来た。
…近い。顔が近いってば。
私は耐えきれなくなっ両手でトーマを押しのけた。
「もう帰って」
彼を押し戻す私の腕には力がなく、あっさりトーマに掴まれてしまった。
「キスしていい?」
返事を待たずにトーマの唇が私の唇に重なっていた。
「いいって言ってない」
私は力なく彼を押しのけた。
「だめ?」
今度はもっと強くキスされた。
「なんで私?」
「指のタコがガチガチの女が好きなんだよ」
「そんなのいくらでもいるじゃん」
それを聞くとトーマはあははと笑った。
やっぱりこいつイカれてる…と私は思ったのだった。
あとがき的な
タケノコさん。はじめましてです。
よろしくお願いします。
こちらの詩を読んで、私の脳内には「ツンデレ…」の文字が…。
本当に嫌がってるのにキスしたりしたら、セクハラで訴えられる悲しいお話になってしまいます。
この詩の世界をストーリーにするとしたら、これは、もう、ツンデレしかないのでありました。
私が真っ先に思い浮かんだのは、俺様的な男とツンデレ女の歪な愛のお話でした。
これは私の大好物でもあります。
そんで、最初は異世界ファンタジー的な設定で書いてたんですが、PJさんの曲がロックでしたし、タケノコさんも音楽がお好きなようだったので、ロックバージョンに書きなおしてこうなりました。
なんかキスが唐突すぎましたかね…。ダメですよ、実際こんなやりかたしては。
せっかくなので、ライブハウスの様子をできるだけリアルに書きたいなと思って、文字数かさみました。
すみません。
タケノコさん。妄想が暴走しました。
ありがとうございました。
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