ガラクタ市
僕は神社に来ていた。
前にも来たことがあるような気もしたが思い出せなかった。
境内の奥へ進むとガラクタ市をやっていた。
これと言って欲しいものはなかったが、僕はブラブラと出店を見て回った。
一番目の店では、骨董品のような古めかしい道具のような機械のようなものを並べていたが、どれも何に使うものなのかさっぱり分からなかった。
それでも、置いてあるものはとても魅力的に見えた。
僕はその中の一つを手に取ってみた。
両手にしっくり収まるくらいの流線型のものだった。
鉄でできているのか、表面がずいぶん錆びている。古いものなのだろう。
上部にはいくつかの筒のような物が飛び出していて上下に動きそうだ。
右側からはハンドルらしき棒が飛び出ている。
もしかしたら、オルゴールのような楽器なのかもしれない。
僕はそう思ってハンドルを動かそうとしたところで、店主に止められた。
「ここで試運転はご遠慮ください。ジャンク品だけど稼働する可能性があります。運転は購入してから、お客さんの責任でやってくださいよ。」
僕は、これが思ってた以上に危険な物らしいと悟って、そっとそれを棚に戻した。
それから、店主が警戒するようにこちらを見るようになってしまったので、居心地が悪くなり、そそくさと次の店へと向かった。
第二の店は古着屋のようだった。
ずいぶんと古めかしいドレスや着物、それから民族衣装のようなものを売っていた。
その中からとびきり古そうなドレスが妙に気になり手に取ってみると、ちょうど胸の辺りに、べっとりと黒っぽいシミが盛大についていた。
うわっ!いくら古着でもこれはひどい…!
と、僕がギョッとしてドレスを戻していると、服の間から不気味な老婆がのっそりとてできた。
「それは、ベルベット女王が暗殺されたときに来ていた物です。もちろん本物ですよ。」
どういうことかと、よくよく老婆の話を聞いてみると、ここで売っているのは、処刑されたり殺害されたりした歴史上の人物が実際に着ていたものを売っているのだという。
ベルベット女王なんて聞いたこともないが、こんな店で売っているくらいだ。そこまで有名な人ではないのだろう。
僕は少し興味がわいたが、他の服に触る気にもなれなくて眺めていると、老婆が奥の方から、シルクか何かの光沢のある生地でつくられた、着物のようなものを持って来た。
「これは、かの偉大なモンゴルの大王、ジャハラカ・ヌーンが戦死した際に着用していたものです。」
老婆がびろーんと着物を広げると、背中の真ん中がざっくりと裂けていて、これまたべっとりと血のような黒いシミがついていた。
ニタニタと薄笑いを浮かべながら、着物を掲げた老婆がじりじりと近いづいて来たので、僕は薄気味悪く思って、急いでこの店も後にした。
変な店ばかりだな…と思いつつも、僕は好奇心に駆られて次の店も見てみることにした。
三番目の店は生きている鳥を売っている店だった。
色とりどりで大小様々な鳥が、それぞれ美しい鳥かごに入っていた。
僕はその鳥かごと鳥たちの美しさに魅了されて、しばらく眺めてまわった。
南国の鳥なのだろうか、鮮やかな色をした鳥たちが、大きいのや小さいのまで、実に多様な種類が集められているようだったが、名前がわかるような鳥は一羽もいなった。
奥の方に店主と思われる男性が座っていたので、「ずいぶんと珍しい鳥が多いんですね。」と話しかけてみた。
すると、店主は嬉しそうに立ち上がって、鳥の説明を始めた。
「この鳥たちはね、全部私が現地へ行って捕まえたものなんですよ。」
彼は、一羽一羽について、どこで捕まえたのか、どうやって捕まえたのかを熱心に語り始めたが、彼の口から出てくる鳥の名称はもちろん、地名や道具の名前に至るまで、全てが聞いたこともない単語だったもので、ひとつも頭に入って来なかった。
それより、この店主の顔が、見れば見るほどイタチだかテンだかにそっくりに見えて来て、最後にはもうそれにしか見えなくなってしまった。
「すばらしいでしょう? どの鳥もとっても珍しいんですよ。しかも、食べてもうまいんです。」
そう言って店主は舌なめずりをした。
僕は急に恐ろしくなってこの店からも退散した。
隣の四番目の店は、昔ながらの見世物小屋だった。
今でもこんな商売をしている人達がいるのか…と僕は感心した。
小屋には「世にも恐ろしい蛇女」とおどろおどろしい文字で書いてあった。
僕は子どものころに、こういった類の芸を見たことがあった。
僕の記憶にある「見世物小屋」では、小柄なおばさんが、溶けたロウを飲んだり、生きた鶏を噛み殺したりする衝撃的な内容だった。
小便をちびるほどビビったのをよく覚えている。
大人になって見たら、どんな風に見えるのだろうか。僕は確かめたくなって小屋の中に入った。
小屋の中は薄暗くて、僕以外にお客さんはいないようだった。
細い通路で立ち見をするタイプの小屋だった。
時間になったらしく、向かい側のこれまた通路くらいの幅の舞台にパッと電気がついた。
左側から大衆演劇風の化粧をした着物姿の男がスッと出てきた。
男は深々とお辞儀をすると、よく通る声で話し始めた。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうざいます。本日みなさまに見ていただくのは、世にも恐ろしい蛇女でございます。」
観客は僕しかいなかったが、男は大勢に話しかけるように台詞を続けた。
「これからご紹介する蛇女は、今から十年前、海岸に一人打ち上げられているところを発見されました。言葉は通じず、全身が鱗で覆われておりました。その姿の特徴から、蛇と人の間にできた子ではないかと憶測されていますが、その真相は未だ不明です。」
男は観客の表情をぐるりと見渡す仕草をした。むろん、ここには僕しかいない。
「みなさん、疑っておいでですね。無理もありません。わたくしもこの眼で実際に見るまでは、にわかに信じられませんでしたから。話しているより見ていただくのが一番ですね。では、早速、世にも恐ろしい蛇女をご覧にいれましょう!」
男がさっと左手を掲げると、右側からのっそりのっそりと着物を着た小太りの中年女性が歩いて出てきた。
顔には特殊メイクが施されていて、爬虫類のようなオレンジ色の瞳に、大きく裂けた口がついていた。
その口からは、二本に分かれた細長い舌がチロチロと出たり引っ込んだりしていた。
女はおもむろに、自分の着物をつかむと、バッと前をはだけさせた。
着物の下は何も身に着けておらず、中年女性のぶよぶよした肉体がそこにはあった。
僕は突然のことに驚いてしまい、女の裸体を凝視してしまった。
女の肌には、本物としか思えないような見事な鱗がいくもついていた。
鱗はライトに反射してキラキラと光った。
特殊メイクの技術が向上して、昨今の見世物小屋は、こんなにリアルなのか…。と僕は感心してしまった。
女はシャーと奇妙な声を発して口をあけると、牙をむき出して僕を威嚇してきた。
口の中もまるで爬虫類そっくりで、僕はますます関心して覗き込んだ。
続いて女は、舞台中央におかれた椅子にドカッと座ると、その上で胡坐をかいた。
腰回りにも何も身に着けていなかったので、股間が丸出して、僕は目のやり場に困ってしまった。
女が座ると、さっきの役者風の男が台に生肉のようなものを乗せて運んできた。
すると、女は目の色を変えて、生肉をつかみ、もしゃもしゃと食べ始めた。
僕が子供のころに見たのは、生きた鶏を食いちぎるショーだったので、それよりかはマシなのかもしれないけど、それでも見ていて気持ちのいいものではなかった。
僕はこれ以上見て居られなくなって、そっと目を閉じた。
しばらく女が咀嚼する音が聞こえていたが、やがて静かになったので目をあけると、生肉が乗った台は消えていた。
女が全部食べたのか、下げられたのかはわからなかったが、女の口はまだもぐもぐ動いていた。
「みなさま、いかがでしたでしょうか? 蛇女の脅威を感じていただけましたか?」
男が舞台中央に出て来て言った。
しつこいようだが、観客は僕ひとりだ。しかし、男は大勢の人に話している姿勢を崩さなかった。
「皆様に驚いていただけたようで、こちらもやりがいがございますよ。…さて、我々は、この蛇女を管理するために、ささやかながら、特別施設を運営してござます。それにはそれなりの費用がかかっております。みなさま。本日こうして蛇女と出会って恐怖体験を楽しんでいただけましたら、ぜひ、出口の寄付箱にお気持ちを入れていただけましたら幸いでございます。」
そう言って男は深々と頭を下げた。
蛇女も立ち上がって頭を下げていた。
その姿が何とも味わい深い感じがして、僕は出る時に紙のお金をそっと寄付箱に入れておいた。
そういえば、この見世物小屋は入場料を取ってなかった。寄付だけでやっているのだろうか?
こういった芸を今でも続けているのは大変なことだなと感心しながら、僕は次の店へと足を運んだ。
五番目の店は、人魚を売っている店だった。
人魚は親指大で、一匹ずつ綺麗なガラスの水槽に入れらていた。
どの人魚も小さいながらとても美しかった。
僕が人魚に魅入っていると、先ほど蛇女を紹介していた役者風の男がやってきた。
この店は彼がやっている店だったのだ。
男は汗だくで、化粧がドロドロ溶け出していた。そんな様子でも、男はずいぶんと色男だった。
僕が人魚を見ているのに気が付くと、彼は愛想よく話しかけてきた。
「やあ、あなたでしたか。先ほどはご観覧ありがとうございました。楽しんでいただけましたか?」
僕は肝心なところで目をつむっていたとは言えずに、はあ…と中途半端な返事をした。
「それ、かわいいでしょう? 毎日生肉を少し上げるだけで、数年は生きますよ。」
男が人魚を指さしながら言った。
やはり肉食なのか…と思いながら、もう一度よく見てるみると、人魚は歯をガチガチならして、少々怖い顔になっていた。
僕がゾッとして水槽から離れると、役者男が顔を近づけて来てコソコソ声で話しかけてきた。
「指は入れない方がいいですよ。食われますからね。」
男の息が顔にかかったので、僕は少し体をのけ反らせた。男の息はふわっと甘い香りがした。
彼がお構いなしにぐいぐい顔を近づけてくるので、僕はそそくさと人魚屋も後にした。
六番目の店はいたって普通の野菜を売っている店だった。
これまで見てきた店が奇妙な店ばかりだったので、僕はいささか拍子抜けしてしまった。
店にはきゅうりやトマト、じゃがいも、にんじんなど、普通の野菜が並んでいた。
店主は爽やかな青年だった。何でも、去年脱サラして有機農業を始めたとのことだった。
野菜は健康そうで美味しそうに輝いていた。
普通であることにホッとしたことも手伝って、僕はきゅうりとトマトを彼から買った。
店主は嬉しそうな声で「ありがとうございます!」と言った。
今日は冷やし中華にしようかな、などと考えながら、ガラクタ市を後にしようとして、まだお参りをしていなかったことを思い出した。
僕は境内のさらに奥へと進んだ。敷地の一番奥に拝殿があり、大きな賽銭箱が置いてあった。
僕は財布の小銭を賽銭箱に投げ入れ、ガラガラと鈴をならして、二礼二拍手一礼をした。
拝んでいるポーズはしたが、頭の中では何も考えていなかった。
この時ばかりは、いつも僕は無になる。
拝み終わって顔をあげると、拝殿の屋根の上に一羽の大きなカラスがとまっているのが見えた。
カラスは僕を見下ろし、カーカーカーと大きな声で鳴いた。
僕は怖くなって足早にその場を離れた。
拝殿の横からは、この神社の裏道に続いてると思われる細道が出ていた。
再び店の前を通るのは少し嫌だな…と思って、僕はこちらの細道から神社を出ることにした。
神社を出ると目の前にスーパーがあったので、僕はそこでハムと中華麺を購入し、家に帰って冷やし中華を作って食べた。
神社で買ったきゅうりとトマトはとっても美味しかった。
(おわり)
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白蔵主さんの風景画杯に参加します。
普段はいろいろ起こりまくる話を書いているので、何も起こらない物語は難しかったです。
とても面白い企画をありがとうございます。