
[ショートショート] カバー小説:雪化粧の怪異 [スズムラさんの10文字ホラーをカバー]
小説のカバーをやってみよう、という試みです。
原作は、スズムラさんのこちらの作品。
※以下、私の文章には若干グロい表現あります。
雪化粧の怪異
「お嬢さん、随分とやっかいな荷物を抱えてますねぇ」
昨晩振った雪が積もって、世界がうっすら雪化粧の朝。
その声は足元から私に話しかけてきた。
声のする方を見ると、私の右足のちょうどすぐ下、雪化粧の隙間から彼の目が覗いていた。
私は驚いて一歩下がった。
彼は雪化粧の怪異だった。
うっすらと世界が白く覆われた朝にだけ姿を現す。
「お嬢さん、そんな荷物を抱えてどこへ?」
雪化粧の怪異はまた言った。
「荷物なんてかかえていないけど?」
返事をしてはいけないと思いながらも、思わず答えてしまった。
だって、私が持っているのは携帯と財布くらいしか入らない小さなショルダーバッグだけだったのだから。
「いいや、抱えているだろう? これまで何人ヤッたんだ?」
私はそれ以上、こいつの話をさせてはいけないと思い、地面から覗いている目を、尖ったヒールの先で思い切り踏んづけてやった。
雪化粧の怪異はぬぎゃっと変な声を出し、雪の上に真っ赤な血が飛び散った。
こんな奴でも血は赤いのか。
私はそんなことを考えていた。
「雪の日にそんな尖ったヒールを履くなんて正気の沙汰ではないよ」
怪異は目を刺されても平気な様子で言った。ドクドクと血は流れ続けて怪異の周りを赤に染めた。
「余計なお世話だわ」
言い捨てて私は歩き始めた。こんなのに関わっていたら帰りが遅くなってしまうではないか。
私は今すぐ帰って暖かい風呂に入りたいのだ。
一晩中働き詰めでヘトヘトだ。勘弁してほしい。
「俺がその荷物を食べてやろうか…」
「こんなもの食べれるの?」
「食べれるさ」
どういうわけだか私はその気になってきた。
ちょっと成り行きに身を任せてみてもよいかもしれない、なんて。
「じゃあ、食べてみて」
「わかった。そこに座れ」
怪異は側にあるベンチのことを言っているようだった。
ベンチもうっすら雪化粧だった。
私が積もった雪を払おうとすると、怪異は「ちょっと待て」と言った。
「雪はそのままにして座れ。触れなくなる」
雪の上に座るなんて嫌だったが、私は言う通りにした。
ベンチに座ると私の上にだけハラハラと雪が降って来た。
やがて私の全身もうっすら雪化粧となった。
「よし、いいぞ、目をつむれ」
怪異が言った。
「これからお前の荷物を喰う。少し痛いかもしれない。だけど決して目を開けるな。俺の姿を見てはいけない。いいな?」
「わかった」
私は目を閉じた。
すると、下の方からズルズルと音がして私の腕を掴む者があった。
怪異が姿を現したのだ。
私は目をぎゅっと閉じた。きっと目を上げたら恐ろしいものを見てしまうに違いない。
バリバリと音がして私の左腕に焼けるような痛みが走った。
耐えきれず私は悲鳴を上げた。こんな声を上げたら近所の人が出て来るのではないかと思ったが、叫び声を止めることができなかった。
思わず目を開けてしまった。
そして私は見た。
白く長く伸びた髪を持つ者が私の左腕に噛みついてバリバリと骨ごと食べていたのだ。
雪化粧の怪異だ。私は雪化粧の怪異の姿を見てしまった。
私が目を開けたことに気が付いたのか、怪異がこちらに顔を向けて私を見た。
目があってしまった。
雪化粧の怪異は、この世の者とは思えぬほどに美しい容姿をしていた。
口の周りには私の血がこびりつき、片方の目は私に踏まれて潰れているというのに、彼は美しかった。
「見るな!」
怪異が言った。私は慌てて目を閉じた。一瞬腕の痛みを忘れていたが、すぐに痛みは戻って来た。
怪異はバリバリと私の腕を食べ続けた。
左腕を食べ終わると、今度は右腕を食べられた。
耐え難い痛みだった。だけれども、私は気を失うことはなかった。
ひたすら目を閉じて、これが終わるのを待っていた。
腕をすっかり食べてしまうと、怪異は足を食べ始めた。
ガリガリバリバリベチャベチャと怪異が私の骨と肉を噛みちぎり咀嚼する音が聞こえて来た。
だんだんと感覚がマヒして、私は最初のころより痛みは感じなくなっていた。
このまま私は全身彼に食べられてしまうのだろうか…。それもいいかもしれないと思った。
あんな美しいものに食べられて終るのならば、このろくでもない人生も少しはマシだったと思えるかもしれない。
バリバリグチャグチャガリガリ…。
怪異は私の両足をすっかり食べてしまうと、急に食べるのをやめた。
そして私の体を抑えていた腕がスルスルと私から離れて行った。
私は目をあけた。
怪異は地面に戻ったようだった。
私は両手両足を食べられて頭と胴体だけの姿でベンチに座っていた。
そこら中に血が飛び散っている。私の血なのだろうか。
痛みは感じなかった。痛いのは最初だけだった。慣れればそうでもないものだ。
こんな状態でも生きているのが不思議でならなかった。
でも間もなく私は死ぬのだろうか。
ハラハラと雪が舞い、私の上に降り続いていた。
「これで終わりなの?」
私はいるのかいないのかわからない怪異に向かって話しかけた。
「お前の荷物は多すぎる。俺にはもう喰えん」
小さな声で怪異が言った。つまりお手上げってわけか。
「食べるなら最後まで食べてほしかった」
そう言いながら私の意識はどんどん遠のいていった。
…ああ、これで死ぬのだ、と思った。
暗闇の中を随分と長く彷徨った気がした。
目を開けると、私はまだベンチに座っていた。
焦って両手両足を見下ろすと、何もなかったかのように元通りだった。
自分の体にはうっすら雪が積もっていた。
…夢だったのだろうか?
怪異に食べられている時の感覚は気味の悪いほど現実味があった。夢らしいところはひとつもない。
私はしばらく両手の指を動かしたりして、本当にこれが自分のものなのか確かめていた。
どうやら自分のもののようだった。
それからゆっくりと立ち上がった。
両足も私のもののようだった。
夢にしては感触がリアルすぎだ。そしてそれは全く薄れる気配もない。
ずっとありありと思い出せるのだ。
荷物を食べると言っていたが、私の荷物は少しは減ったのだろうか…。それはわからなかった。
まあ、確かに私が荷物を背負っているとしたら、体を食べたくらいでは無くならないだろう。
雪化粧では私を隠すことはできないのだ。
私はゆっくりと歩き出し家へと帰った。
それから泥のように眠って起きると夜だった。
外に出ると雪はすっかり融けてしまっていた。
私は怪異のいたベンチの近くへ行ったが、当然ながら怪異はもういなかった。
その後も、私が彼の姿を見ることはもう二度となかった。
(おしまい)
椎名ピザさんの『カバー小説』に挑戦です。
あとがき的な
スズムラさんの五本の10文字ホラーからお話を書きました。
カバーの域を出てしまったかもしれない^^;
一本目の「雪化粧から覗く彼の目」から本当に目が覗いていたらヤバ…と思って考えてみました。
恐ろしくも美しい、妄想を掻き立てるスズムラさんの雪化粧ホラー。
私の趣味に偏った感じになってしまったけど、こんなのどうでしょうか??
よろしくお願いします。