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[ショートショート] 甘いもの - 悪魔の生態 [シロクマ文芸部]
「甘いもの?」
「違う」
目の前の男はイラついた表情で否定した。
「甘いもんだ」
やはり、甘いもの、と言っているじゃないか。
リリは困惑していた。路上で行き倒れていた男性に声をかけたら、さっきからずっとこの調子。「甘いもの」といか言わない。
酔っ払っているのだろうか。しかし酒を飲んだら普通はしょっぱいものが欲しくなるのでは…。
それにとても具合が悪そうだ。彼のまわりには吐いたあともある。
「救急車、呼びますか?」
「心配には及ばぬ。この世の大気に拒絶反応が出ているだけだ。すぐ慣れる」
よろよろと立ち上がりながら男は言った。こんどはとんだ厨二発言である。
とりあえず、ほっといても大丈夫かな…。
「じゃ、じゃあ、私は用事もあるので行きますね。大丈夫なんですね?」
「まて」
男に腕を掴まれた。リリはギョッとしてその手をふりほどこうとしたが、がっちり掴まれてしまった。
「ようやく見つけたんだ。もう逃がさないぞリリス」
「放してください。警察よびますよ」
リリはできるだけ怯えていることを悟られないように低い声で言った。酔っ払いならば、いざとなったら急所を蹴って逃げられるだろうけど…。
「まさか、我のことを忘れたのか。我が名はアマイモン。お前の夫となる者だ」
「はい?」
リリの頭は真っ白になった。
何を言ってるの?この人…。
アマイモンって名前だったの?そんな変な名前ある?
早く逃げなくちゃ。面倒な酔っ払いに絡まれてしまった。いや、先に声をかけたのは私じゃない?
てか、私リリスじゃないし。
そして気がついたらリリは男の腕の中に抱かれていた。
ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。
どこか懐かしい、愛おしさを感じる香り…。
・・・
そうしてなし崩しにリリはアマイモンと名乗る男と暮らし始めた。
どうやら自分の場所への帰り方がわからなくなってしまったようだ。
「お前も同じようなものだろうリリス」
そういって彼はリリの家に居座るのだった。
「私の名前はリリスじゃない」
「まあそう言うな、愛しき乙女のリリスよ」
リリはため息をつきながらも、なぜだかこの男を手放したくなくて家に置いてしまうのだった。
アマイモンは威張ってるだけで仕事もしないし、家事もしない。
しかも最近、魔王が攻略対象の乙女ゲームにはまって一日中やっている。
「我が誘いを断るとはいい度胸だな魔王め。お前の真の名を明かせ。ふはははは」
まるで子供のように画面に向かって話しかけている。
毎日偉そうにいろいろ言っているけれど、ただのヒモ男…それがアマイモンなのである。
(おしまい)
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』に参加します。