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[小説] リサコのために|016|四、反復 (5)

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 ヤギの前には半透明の画面のようなものが浮かんでいて、図形やコードのようなものが勝手に動いている。

 おい、こらヤギ。
 「私に何をした?何をしている?」

 「いやね、ソースを書き直したんだけどさ、やっぱり死んじゃうんだよね。おっかしいな…」
 ヤギは目の前の透明な画面を見ながらブツブツと訳の分からないことをつぶやいた。画面には触れてもいないのに、複雑な数式のようなものがズラズラと流れている。

 「ごめーん、君、バグだらけなんだよね。もう一度、最初からやってもいい?」
 そういうと、ヤギの三つの目がビガァーーッと光り、リサコの体が硬直した。

 最初からって、どこから????

 そう思った瞬間に、リサコは気を失った。

・・・・

 腰回りに激痛を感じ、リサコは我に返った。薄暗い部屋で、どうやらリサコはベッドに寝そべっているようだ。

 耐え難い痛み。ナニコレ?

 ぐうぅぅぅ、、、と耐えていると、すっと痛みが引いた。

 それと同時に、看護師のような人が入ってきて、「点滴の針だけ入れさせてくださいね。」と言った。

 激しい既視感。

 最初からって、ここから!!!???

 戸惑う隙もなく、リサコの3回目の出産が始まった。どんなに混乱していても、出産の衝動には抗えない。リサコは本能むき出しで赤子を出産した。

 顔のない赤子、顔のない父さん。

 これを終わらせるにはヤギの部屋へ戻らないといけないのかもしれない。

 どうやったら戻れる?前回はどうやら死んだらしい。 ……死んだら戻るのだろうか??……死ねばいいのか? ダメだ。あまりにも危険だ。他にも見落としている条件があって、ただ死んでしまっては元も子もない。

 それに、私が死んでしまったら、幡多蔵はまた娘に暴力をふるうようになるだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 私が死ななくてもいずれはそうなるのかもしれないけど、娘を独り残していくなんて、私にはできない!!!だって、私がその辛さを一番よく知っているから!!!

 リサコは顔のない娘に乳をやりながら必死に考えた。自分と娘をこの世界から救出する方法を。

 前回と同様、産後入院中に時間は唐突に失われ、リサコは2003年6月12日の目玉焼きが黒焦げの瞬間へと飛んだ。

 振り返ると、9歳の娘がこちらを見ていた。顔がノイズで表情はわからないが、心配していることは雰囲気で伝わってくる。リサコは娘に心配いらないことを告げ、できる限り平然を装って、家族二人を家から送り出した。

 家に一人になると、押し入れからパソコンを取り出して、インターネットに接続した。いったい何回これをやってるんだ。

 何を調べようか。茂雄の喫茶店以外に。

 …… もう一箇所あるじゃないか。忘れていたけど、もう一つ、自分にとっておそらく重要な場所が。

 検索サイトを開き、「有限会社 ヨクトヨタ」を検索した。あの新宿の雑居ビルの9階にあった会社だ。リサコのブログにコメントしてきた謎の「R」に、そこに行けと言われた。あそこに何かあるのかもしれない。

 会社だからホームページがあるかもしれない。

 その予想は的中し、「有限会社 ヨクトヨタ」のホームページが存在した。見覚えのある青いロゴ。リサコは高鳴る胸を抑えながら、震える手で会社概要のリンクをクリックした。

 住所は新宿のアイアンタワー9階となっていた。間違いない。これはリサコの知るあの会社だ。

 事業内容を確認する。

 ウェブサーバーの運用・管理
 アプリケーションソフトの開発・販売
 人工知能の研究・開発

 なんだか難しそうなことをやっている会社だ…。リサコとは全く何の関係もない会社かもしれないけれど、ダメ元で確認しに行く価値はあると思った。

 会社がやっている時間帯に行ってみよう。明日の昼間。どんな会社なのか見に行かずに過ごすことは、リサコにはもはや無理な相談だった。

 翌日、みんなが出かけてリサコ独りになると、さっそく電車に乗って新宿へ向かった。

 アイアンタワービルは、リサコの記憶のとおりに存在していた。

 ビルの下でモジモジしているうちにも、何人かのサラリーマンらしき人たちが出入りし、ビルは活き活きとして見えた。以前に訪れたときはいずれも時間外だったので、ガランとして不気味な雰囲気だったのだが。

 リサコは、最初にここに来た時、かつての担任の河原に遭遇した時のことを思い出していた。身の毛もよだつような記憶。今回も河原が居たらどうしようかと思ったが、平日の昼間だ。人もたくさんいる。大丈夫だろう。

 よし。と意を決して、リサコは小さなエレベーターへ乗り込んだ。

 9階を押す。スルスルスルとリサコを乗せた箱は上昇し、一度も止まらずに9階へ到着した。チンと音がしてドアが開く。リサコは河原の出現に備えてグッと身構えたが、そこに河原はいなかった。

 ほっとして、エレベーターホールに足を踏み出す。

 以前見たのと同じ「YOKUTOYOTA」の青い看板が掲げられ、会社には電気がついていた。自動ドアを入ると、正面に小さな受付があり、受付嬢が座っていた。

 「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ。」

 受付嬢がロボットのような声で言った。リサコは、ここに来て何をするのか全く考えていなかったことに気が付き、動揺した。

 「あ、あの…、い、いま、就職活動をしていて…、け、け、見学させてもらえないでしょうか??」

 咄嗟に思いついた嘘を言った。受付嬢は、きょとんとした顔をしてしばらくリサコを見ると、手元のパソコンに何かパタパタと打ち込んで確認した。

 「ちょっと先になりますが、弊社の会社説明会が11月に予定しています。ご予約しますか?」

 とにかく何でもいいから手掛かりがほしくて、リサコは会社説明会に申し込みをした。受付嬢は、説明会のしおりと、会社概要のパンフレットを渡してくれた。よし、後で隅々までじっくり読んでみよう。

 受付嬢にお礼を言い、リサコはアイアンタワービルを後にした。これで、これで何か変わるだろうか???

 リサコはもらった資料を早く読みたくて、速足で駅へと向かった。南口の広場へ差し掛かったところで、異変が起こった。

 一台の軽自動車が、蛇行しながら人々の列へと突っ込んできたのだ。逃げる暇もなく、車はリサコの方へと吹っ飛んできた。

 ドンという衝撃が体中に走り、目の前が真っ暗になった。

・・・・

 暗いトンネルをものすごいスピードで飛んでいる感覚。目の中に、小さな光が見えてくる。

 その光がずっと近づいてきて、リサコを飲み込むように大きくなる。白い光に包まれる。

 圧倒的な慈悲の心に触れる。

 ああ、私は愛されている!!!!これまでに感じたことがないほど巨大な幸福感で心が溢れかえる。

 この高揚感!!!たまらない!!!私はずっとこれを感じていたい!!!

・・・・

 自分が立膝をついた状態で、ぐったりとうなだれている姿勢でリサコは目を覚ます。床には時計の絵が描かれている。

 「あっれーー??また死んじゃった!!??」

 目を上げると、例の双頭のヤギが半透明の画面を操作していた。

 ≪いまだ!!!やれ!!!あいつを切るんだ!!!≫

 頭の中に声が響いた。

 あいつを切る!!

 リサコは床に落ちている日本刀をつかむと、自分でも驚くほどの素早さで姿勢を整え、腰を落として刀を構えた。

 ヤギはリサコに気が付いて顔を上げたが遅かった。その瞬間にリサコの日本刀が空を切り、ヤギの首をすぱぁーーんと切断した。

(つづく)
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