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紙 - そして彼は選択した [秋ピリカグランプリ2024]

 両極は紙一重とよく言うけれど、神山辰人たつとほどそれを体現していた者はいないだろう。

 何しろ彼の場合は本当に紙一枚を隔てて静と動二つの人格が同居していたのだから。

 彼の脳には紙が挟まっていて、それを引き抜くと人格が変貌した。

 普段は物静かな彼だけど、紙を抜いた途端に情緒不安定となり破天荒キャラが突出する。

 僕はこっそりワル辰と名付けて区別していた。

 大人しい時の辰人は無害だけど退屈だった。僕は紙を引っこ抜きたい衝動と毎日戦っていた。

 叔父さんには勝手に紙を抜くことを強く禁止されていた。ワル辰状態は命を激しく消耗するのだ。

「紙を抜いた状態が長く続くと辰人の寿命が削られる」

 叔父さんは僕にそう説明した。だから僕は我慢した。辰人に生きてほしいから。

 ああ、でも僕は、何もかもが予測不能な辰人にどうしようもなく惹かれていたのだ。

 ある日の夜、僕はこっそり辰人の紙を引き抜いた。

 ニヤッと笑うと辰人は「みーこ、ついて来い」と言って僕の名を呼び、スケボーを持って外に出て行ってしまった。

 辰人はお気に入りの遊び場へやって来た。大きなすり鉢状のコースがある場所だ。

 スケボーをセットすると辰人は勢いよく斜面を滑って行った。滑っては登り、滑っては登り。辰人はいつまでも滑っていた。

 僕はすり鉢の縁に座って辰人を眺めた。

「楽しそうだな」

 ふいに声がしたので振り向くと、いつのまにか叔父さんが立っていた。

 僕が慌てて立ちあがろうとすると、叔父さんはそれを制して僕の隣に座った。そしてしばらく滑る辰人を僕と一緒に見守っていた。

「アイツもそろそろ十八だ。選ばせないとな」

 叔父さんがボソッと言った。それは独り言のようだったが、僕に聞かせたい話でもあることが分かった。

「いずれアイツの紙は抜き差しできなくなる。その前にどちらか選ばせる」

 どちらか…僕はその意味を考えていた。

「辰人、戻って来い!」

 叔父さんが大きな声で言った。

 辰人は叔父さんの姿を認めると、スケボーをこちらに向かって投げつけてきた。スケボーは斜面に当たって少し破片が飛んだ。大事にしているものも投げてしまうのだ彼は。

「親父…いつからいたんだよ、この腐れキンタマがっ!!」

 憎しみを込めて辰人が叫んだ。

「みーこ、お前チクッたのかよっ!」

「違うよ辰人」

 僕がそう言っても無駄だった。

 叔父さんは無言ですり鉢を降りていくと目にも止まらぬ速さで辰人の脳に紙を差し入れた。

 それから数日後、辰人は紙無しで生きることを選択した。

「紙がないと苦しい。でも俺は死んでるみたいに生きたくはない」

 辰人はそう言った。

 それを聞いて叔父さんは泣いていた。

 そうして辰人は激しい起伏に揺さぶられながら生きることを選び、24歳の若さでこの世を去った。

 今、僕のお腹の中には新しい命が宿っている。辰人はもういないけれど、彼の命は繋がっているんだ。

(1182文字)


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