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旬杯リレー小説[B]→ちあきさんの[承]→PJさんの[転]…からの[結]海の中の彼女

みんなで繋げる物語「旬杯リレー小説」
詳しいことは文末に。まずは物語を紡ぎます。


◎起【B】

作者:PJさん

風が吹き抜け、太陽が肌にじりじりと照り付ける。
今年は猛暑になるらしい。
海に行きたいと思った。
輝く海と、その水平線に浮かぶ白く大きな入道雲。
夏がやってくる。
生涯忘れることのない夏が。


◎承

作者:ちあきさん

なぜ、海だったのか?
いつものメンバーではなく、ひとりで行ったのか?
そして、彼女と出逢った。

夜、惹きつけられるように海辺を歩いた。
上半身だけが海の中に見えた。
“助けなきゃ”
咄嗟にそう思い、海に走った。


◎転

作者:PJさん

 沖を見つめる彼女の後方から、その肩を掴んだ。それは、びっくりするくらい細かった。僕が触れても、彼女はピクリとも動かなかった。
「おい! 大丈夫か?!」
 僕のその声に、彼女は全く反応しなかった。
 不気味な夜の海の中、その様子に僕は『もしかしたら彼女は人間では無いのかもしれない』と思った。
 彼女が振り返る。暗がりの中にぼんやりと見えた顔には感情が無いように見えた。僕は少し恐怖を感じた。
 彼女の顔は真っ白で頬がこけるほど痩せていた。酔っ払ったようにとろりとした赤い目はとても大きかった。もう少し太ればきっと美人なのに、と僕は思った。
 彼女はざぶざぶと歩き出すと、僕の体をすり抜けて浜辺に向かった。
 僕の体をすり抜けて?
 どういうことだろう?
 やはり彼女は幽霊か何かだったのだろうか?
 僕はその状況が理解できず、そのまま海の中で立ち尽くした。
「おーい、何やってるんだー」と浜辺から男の呼ぶ声が聞こえた。
 それは知らない声だった。目を凝らしてみると月明りの下、知らない男がこっちに手を振っていた。
 誰かな? と考えている時。
 僕の前を歩いていた彼女が手を振って「今戻るから」と言った。
「え?」
 僕は思わず声を漏らす。僕のその声に彼女は全く気が付いていないようだった。
 男に彼女が見えているということはどういうことだ?
 その時、僕は初めて自分の足に水の感触が無いことに気が付いた。


◎結:海の中の彼女

作者:大橋ちよ

 僕は慌てて自分の両手を見た。両手はちゃんとあった。

 目を上げると、僕の身体をすり抜けて行った彼女がこちらをチラリと振り返った。その顔には微笑が浮かんでいた。
 あまりいい感じの表情ではなかった。

 彼女はすぐに前を向くと、またザブザブと海の中を歩いて浜辺の男のところへ向かった。
 僕は黙って彼女を後を追った。

 海の中を歩いても僕には波の抵抗は感じられず、地上を歩くのと同じようにスタスタと歩くことができた。

 浜辺に着くと待っていた男が乱暴に女の手首をつかんで怒りはじめた。

「こんな夜に何をやってるんだ! 危ないじゃないか」

 女はただ無言で男を見返した。そこには何の表情も浮かんでいなかった。
 僕は女のうすぐ後ろに立っていたのだが、男には僕の姿は見えていないようだった。

 海の中を歩いて来たのに、僕の服は全く濡れていなかった。

 男がブツブツ文句を言いながら女の手を引いて歩き始めたので僕もその後を追った。
 この女を見失ったらまずいと思ったのだ。

 女と男は海沿いの道路に出てそのまま裏路地に入ると古いアパートの一室に入って行った。
 僕はさすがに一緒に入って行くわけにはいかないので、アパートの前で足を止めた。

 僕は途方に暮れていた。

 このままどうしたらよいのかわからなかった。
 しばらくその場に立っていたが、二人がその後部屋から出て来る気配はなかった。

 女の居場所はとりあえずわかった。僕はひとまず自分の家に戻ることにした。

 僕の家もここからさほど遠くないところにある。

 道すがら誰とも会わなかったので自分の状態がどうなっているのかわからなかった。
 ただ、街灯の下を通っても僕の影はできなかった。

 絶望的だ。

 家に戻ると僕は家に入れなかった。ドアノブに触れないのだ。
 ドアノブに手を伸ばすと、どんどんその動きがゆっくりになり、僕は永遠にドアを開けることができなかった。

 僕は家に帰ることを諦めた。

「もしもし、そこの人?」

 家の前でうずくまっていると声がした。
 顔を上げると、帽子に浴衣という奇妙な出で立ちの男がこちらを覗き込むように立っていた。

 僕は驚いて立ち上がった。

「ぼ、僕ですか?」

「そうあなたです」

 帽子の男は無表情でそう言った。

「あなた、異形の者に手を触れましたね」

 僕はあの女のことを思い浮かべた。異形と言われると違うかもしれないが…。

「そうかもしれません。海で気味の悪い女に触れたら…あ、あなたには私が見えていますか?」

「ええ、見えていますよ。彼女は “なりすまし” って言う怪異です。海の中から現れて、触れた者の存在を奪い、自分を現世に存在させます」

「存在を奪う?」

「そうです。あなたは存在を奪われました。ほら」

 そう言うと帽子の男は僕の身体の中に腕を通して見せた。
 男の腕は僕の胴体をすり抜けてしまった。

「この通り、あなたは今、存在しません」

「…やっぱり…。でもなぜ、あなたには見えるのですか?」

「私はその筋の専門家でして」

 専門家…。その言葉を聞いて僕の心に希望が芽生えた。この人なら何とかしてくれるのかもしれない。
 そんな僕の心情を察したのか、帽子の男は「ついて来なさい」と言って歩き始めた。

 僕は帽子の男について行った。

 彼は街の反対側の小さな平屋へと僕を案内した。

 帽子の男は名を柿沼と言った。
 “なりすまし” に因縁があり追っているとのことだ。

 柿沼さんは意外なことを僕に伝えた。

「“なりすまし” が相手の存在を奪えるのはせいぜい2~3日です。時間が経てば君は元通りです」

 それを聞いて僕は拍子抜けしてしまった。
 僕はほっとして柿沼さんにお礼を言った。彼に教えてもらわなければずっとこのままだと思って発狂していただろう。

「ところで…」

 柿沼さんが言葉を濁して話を続けた。

「あなたにひとつ、頼みたいことがあるんですが…」

「なんでしょうか…」

「たいへん頼みにくいことです…」

 僕はごくりと唾を飲み込んだ。柿沼さんの口調から、只ならぬ雰囲気を感じたのだ。

「あなたはこのまま何もせずとも助かります。ですが、“なりすまし” は再び存在を失うと海に戻り、また犠牲者が出る…。私はどうにかこれを終わらせたいと思っているのです」

 確かに僕のような経験をする者が他にも続くと考えると、自分だけ元に戻ればそれでいのか…という気持ちになった。

「なるほど。それもそうですね。“なりすまし” はなぜこんなことをしてるんですか?」

「あれは、元々人間の女でした。だけれども、愛していた男に裏切られてあそこの海で自らの命を絶った…それから怪異となって人の存在を奪っては、人間の愛を貪るようになってしまったのです。彼女は男と一緒にいたでしょう?」

 僕は一緒にいた男のことを思い浮かべた。乱暴そうな男だった。

「あの男は何なんです?」

「それはたまたまその辺にいた男です。君の存在を奪ったと同時に一番近くにいる人間が “なりすまし” の恋人と設定されます。それが彼女の能力です。それで2~3日もすると、こんなのは本当の愛ではないと気がつき、相手を殺して海に戻ってしまう」

 僕は耳を疑った。

「殺すんですか?」

「ええ、そうです。殺すんです。遺体には何の証拠も残らない。自然死として処理されます」

 僕はゾッとした。僕が僕を取り戻すと同時にあの男が死ぬのだ。

「…僕は何をしたらよいでしょう」

「これを終わらせるにはあなたにもリスクを背負っていただかなければなりません」

 柿沼さんは僕が彼に協力するとどうなるのか詳しく話してくれた。

 僕は柿沼さんの話を聞いて悩んだ。時間はあまりなかった。僕は決断しなければならなかった。
 これまでに柿沼さんから同じ提案をされて了承した者はいなかったという。
 最終的にみんな背を向けて去って行った。

 僕はどうする?
 僕ならばどうしたい?

 そして僕は決断した。

 一時間後、僕は柿沼さんと共に、“なりすまし” が男と共に入って行ったアパートの前に立っていた。

「ここに入ったのは確かですね?」

 柿沼さんが小声で言った。
 僕は頷いた。

 柿沼さんも頷き立ち上がった。
 そして勢いよくアパートのドアを蹴破ると「たのもーう!」と大きな声で言った。

 いや、蹴破ったのではない…。ドアを突き抜けたのだ。
 柿沼さんと僕はドアをすり抜けて家の中に入っていた。

 家の中は暗かった。

 狭い部屋だった。奥の和室の布団に人が寝ているようだった。

 布団からむくりと女が起き上がった。

 女は裸だった。
 ガリガリに痩せたその体はまるで骸骨のようだった。

 女は柿沼さんの姿を認めると、鬼のような形相となり「加助ぇ」と恨みのこもった声で言った。
 柿沼さんの名だった。
 それと同時に僕の身体は後方に吹っ飛びそうになった。

 柿沼さんの読み通り、“なりすまし” はすぐに僕の存在を戻す術を使って来た。
 僕は言われた通りに足を踏ん張った。

 柿沼さんの策を成功させるには、まずは僕が戻らないことが重要だった。
 海に逃げられてしまっては全てが水の泡となる。

 戻らないようにするには…、気合しかないそうだ…。
 とにかく僕はここで時間をかせぐ。必死で抗うのだ。

 柿沼さんは一歩また一歩と “なりすまし” に近寄った。
 “なりすまし” は寝ていた布団から立ち上がり、まるで威嚇するネコのように毛を逆立てて柿沼さんを睨め付けていた。

 柿沼さんは “なりすまし” に手が届くところまで進むと、そっと彼女を抱き寄せた。
 そして言った。

「おつう…すまなかった…」

 “なりすまし” はギャーッと声を上げて抵抗したが、本気で抵抗しているわけではなさそうだった。
 これならうまくいくかもと僕は思った。

「その名でわしを呼ぶなぁ…」

「今更ゆるしてくれは言わない。ただ、真実を伝えたい。聞いてくれるか?」

「聞くかぁああ、くがぁぁ、放せぇえぇ」

 “なりすまし” は酷い声であばれたが、やはり本気ではなさそうだった。
 吹き飛ばされそうになっていた力ももう僕には向いていないようだった。

 柿沼さんがこちらを振り返って僕を見た。
 これは最後の確認だと僕は理解した。

(本当にいいんだね?)

 僕は柿沼さんに頷いて見せた。

「おつう、あの日、私は縁談を断りに行ったのだ」

 “なりすまし” はそれを聞いても野獣のような叫び声を出すいっぽうだった。
 それでも柿沼さんは優しい声で語り続けた。

「戻ってお前と逃げるつもりだった。なのにお前は…」

 柿沼さんは言いながらぐっと腕に力を込めた。
 “なりすまし” は声を上げて泣き始めた。

 おーんおーんと響くその声は初めはとても人の声とは思えないものであったが、徐々に小さくなっていった。
 それと同時に、鬼の様だった “なりすまし” も徐々に縮こまって行った。

 気が付くと、柿沼さんの腕の中には枯れ木のように干からびた、ミイラのような女が抱かれていた。

 柿沼さんが僕の方を振り返った。
 その目はやってくれ…と言っていた。

 柿沼さんは泣いていた。

 足元を見ると、この大騒動に何も気が付いてない男がひとり、布団の中でイビキをかいていた。
 不運にも “なりすまし” が実体を得た時にたまたま一番近くにいたというだけで巻き込まれてしまった男だ。

 僕は、自分が助かる代わりにこの人が死ぬのは嫌だと思った。
 例え生き延びても、ずっと一生これを引きずっていくのだ。無理だ。

 だけれども、寝ている男を目の前にして、僕は本当にこの人のために自分を犠牲にするのか…と少し考えてしまった。

 違う、違うぞ僕…。

 この人だけじゃない。僕が今やることで、この先犠牲になるはずだった大勢の人の命を救うことになるのだ。
 僕は死ぬわけではない。これをやっても死ぬわけではないのだ。

 僕は意を決して柿沼さんと “なりすまし” の方へと飛び込んだ。

 僕が飛び込むと、バチーーンとものすごい音がして僕は吹き飛ばされた。

・・・・

 翌日。僕は太陽が照り付ける海岸にいた。
 今年は猛暑になるらしい。

「おーい」

 と向こうから僕を呼ぶ声がした。
 いつもの仲間たちだ。

 僕は戻って来た。日常に戻って来たのだ。

 昨晩の柿沼さんの言葉が思い出される。

「成功の確率は2割です。術式を解いた状態の “なりすまし” に飛び込んだ場合、あなたが元の自分に戻れる確率…。完全に消えることはありません。全く別の人間にすり替わってしまう可能性が一番高い。あなたは、今この記憶を保ちながら、別の人間になるかもしれないのです。それでもやってくれますか?」

 そして僕はやった。

 僕の魂は2割に滑り込んだ。

 僕は僕自身に戻って来たのだ。

 “なりすまし” …おつうさんと柿沼さんがどうなったかはわからないけれど、あの世で結ばれているといいな、と僕は思った。
 それを僕が知ることは一生ないのかもしれないけれど、あんなことがあるのだから、きっとあの世だってあるのではないか?

 僕は自分を呼ぶ仲間たちに手を振りながら空を見上げた。
 そこには大きな入道雲がそびえ立っていた。

(おわり)


PJさんの転で、なんだかホラーの香がただよっていたこちらのルート。
結ってみました。

ここまで来たらガッツりホラーで〆てみました。
いちおうハッピーエンドのつもりです。

文字数オーバーぎみすみません。

よろしくお願いします!!

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