[ショートショート] 忘年怪異 - 意識的忘却
どうもおかしい。
僕は壁に体を押し付けられて恐怖を感じていた。
忘年会の帰り道、沢野さんと一緒になって浮かれていたとこまでは覚えている。
どうして真っ暗なトンネルにいるんだ?
奥の方から何かがズルズル音を立てて近づいて来た。
僕が口を開こうとすると、沢野さんが「しっ」と言って人差し指を僕の唇に押し当てて来た。
同時に彼女の体も押し付けられて恐怖心と柔らかさに僕の脳は混乱した。
ズルズル…ズルズル…と何かを引きずる音が近づき、そして目の前を何かがゆっくり通り過ぎて行った。
暗くてよく見えなかった。見えなくて助かったと思った。
やがて音が聞こえなくなると、沢野さんはため息をついて体を離した。
「あれは?」
「忘年怪異。人の認識を食うの。居ながらにしてここを忘れることができれば出られる」
「そんな無茶な」
「できる。私は二回目。前にここから出たことがある。とにかく進もう。あなたの好きな映画は?」
沢野さんが世間話モードに入ったので、僕は好きな映画なんだっけな?と考えながら彼女について歩き始めた。
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たらはかに(田原にか)さんの『毎週ショートショートnote』に参加します。