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[ショートショート] 討魔特戦機体(冬の夜)- シロクマ文芸部

※注※ 多少の暴力的表現あり

 冬の夜。ベランダに出て君の家の方へと息を吹きかける。

 ふぅーっと白い息が伸びていく。

 とうま。今ごろ何してる? 何を見てる? 誰のことを思ってる。

 二学期ももうすぐ終わり。思い切ってクリスマスに誘ってみようと思ったけれど勇気が持てず。断られたらどうしようとモタモタしていたら、クラスでクリスマス会をやる話がもちあがって、結局みんなで過ごすことが決定してしまった。

 彼も参加するって言ってたからクリスマスに会えるのは嬉しいけど、本当は二人で会いたかった…。

 ふぅーっ今度はため息をついた。

 我ながらヘタレすぎて嫌になってきた。

 気晴らしにコンビニにスイーツでも買いに行こう。

 夜の甘味はよろしくないかもだけど、行き帰りに走ればトントンだろう。

 外に出るとキーンと冷えた空気にモヤモヤした気持ちも冴えるようだった。

「よし」

 ひとりで気合を入れると、家から数百メートルの距離にあるコンビニに向かって走り始めた。

 クリスマス会ではなるべくとうまのそばにいよう。そんで隙があれば、冬休みに一緒に宿題やろうとか、あわよくば初詣に誘ったり、しちゃおう。

 ふんふん、はっはっ、と息を弾ませながら気持ちも弾ませ走っていると、曲がり角で人とぶつかりそうになってしまった。

「ご、ごめんなさい!」

 ぶつかったのは背の高い男性で、ペコリと頭を下げると、そのままスタスタ歩いて行ってしまった。

 その白々しい笑顔が不気味に見えてゾクっとした。

 …変な人…。

 夜の道を一人で走っているのが急に怖くなって全速力でコンビニに向かった。

 コンビニの明かりが見えるとホッとして走る足を緩めた。

 と、ちょうどその時、コンビニからとうまが出て来るのが見えた。

「げっ、とうま…」

「げっ、とは失礼だな。なんだ? 夜のスイーツを買いに来たのか?」

「あんたには関係ないでしょ、図星だけど」

「図星なのかよ。まあ、じっくり選べよ、じゃあな」

「お、おう」

 ああ、またやっちゃった。どうしていつもこんな態度をとってしまうのだろう。

 私のバカバカ。これでは嫌われる一方だ。

 絶好のチャンスなのに。初詣なんかにとても誘える流れではない。

「ミカ? その髪の毛についてるの何?」

 急に名前を呼ばれて腰から砕けそうになる。

 とうまが近寄って来て髪に手を伸ばしたので、思わず身体をすくめてギュと目を閉じた。

 しかしそれ以上何もおこらなかったので恐る恐る目を開くと、とうまは指先についた何かを観察しているところだった。
 ぼんやり光るもの? 蛍光塗料が塗られた小さな破片のようなものがとうまの指についていた。

「これ、どこでつけられた?」

「?」

「ここに来るまでに、変な奴と接触しなかったか?」

「へんなやつ…?」

 とうまは少しイラついているようだった。間違った回答をして彼をがっかりさせたくなかった。

 で、思い出した。

「そこの角で、ちょっと気味の悪い人とぶつかりそうになったけど」

「それだ。どっちに行った?」

「あ、あっちの方」

 とうまはぐいっとミカの手を握ると、男が去って行った方へと走り始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「待てない。急がないと」

 とうまはなおもぐいぐい手を引いて走った。

 普段と全く様子の異なるとうまに少し恐怖を感じた。

「とうま、痛いよ」

 その言葉でようやくとうまが手を離してくれた。

「ごめん…時間がない。面倒だ、驚くなよ」

 何に? と答える隙もなく、とうまはひょいっとミカを抱え上げるとふわりとジャンプをした。

 バサッと音がしてとうまの背中に大きな羽が生えるのが見えた。

「ぎゃっ!なに?! やだ放して」

「放さない」

 暴れるミカの体をぎゅっと抱きしめながらとうまが静かな声で言った。
 その言葉はミカには刺激が強すぎて失神しそうになった。ぐっと踏ん張り現実に戻る。

「危ないから暴れんな。下、見てみろ」

 言われるままに下を見ると地面はずっと遠くにあり、街がミニチュアのように見えた。

 いつのまにかミカはとうまに抱えられてかなりの上空を飛んでいたのだ。

「ひぃ〜!」

 ミカは恐怖に震えとうまにしがみついた。

「あ! 居た! あいつだろ?」

 ミカは怖々目を開けると下の方の路地を確認した。確かにさっきの男が歩いていた。

「たぶんそう」

「オーケー、間に合いそうだ」

 言いながらとうまが急降下したのでミカは悲鳴をあげて再び彼にしがみついた。

 しばらく落下した後、ふわりと浮き上がる感覚がしたので、目を開けると、とうまが見事にさっきの男の正面に着地したところだった。

 男は驚いた表情を作っていたが顔面に張り付いたような表情で不気味だった。

 そうだ、さっき感じた違和感も、この嘘っぽさだったんだ。

「下手な芝居は止めろ。この子につけたマーキングを今すぐ外せ」

 とうまは相当怒っている様子で男に向かって言った。

「何だよ旦那。マーキングしただけじゃまだ討伐される筋合いはないぜ。接続完了もまだだし」

「だから言ってるんだ。ぶっ殺されたく無ければ今すぐ外せ」

 言いながらとうまはポケットから何かを取り出すと、それをビュンと振って長く伸ばした。ただの棒のようだが物騒だった。

「ミカは下がってて」

 振り返りながらミカを押しのけると、とうまは再び男に向き合った。

「おいおい、冗談だろ? 何? そいつお前の特別だった?」

「そうだよ。この子は俺の特別だ。手を出したことを後悔するんだな」

「なんだそれ? 人間ごっこか?」

 ビシッと音がして、次の瞬間には男の片腕があらぬ方向に曲がっていた。

 ひぃっ! と男とミカが同時に叫んだ。

「わかった! 解除する! するから勘弁してくれ!」

 バキーンと音がしてミカの頭の中に火花が散ったような感覚がした。

 とうまがこちらを振り返って何かを確認しているような視線を送って来た。

「外れただろ? いいだろ? 解放してくれ、頼む」

 男は情けない声で鳴き出した。

「ダメだ、許さん」

 とうまは手に持っていた棒で男をぶちのめし始めた。

「ひぃぃー! 話が違う!」

 恐怖に駆られた男の声が響いたがとうまは容赦なく男を棒で殴り続けた。

 ドスッ、ドスッ、と一定のリズムで、とうまは男を殴った。
 とうまの背中の羽がその度びザワザワ動いた。

 男が全く動かなくなっても、とうまは殴るのを辞めなかった。

 ミカは衝撃で声も出せず固まってその光景を見ていた。

 …とうまは、人ではないの? まるで天使? …いやこれ天使なのか?

 現実逃避の一種なのか、ミカの眼にはとうまの背中の羽しか見えなくなっていた。
 …なんて美しい羽なの?

 そんな間もとうまはひたすら男を殴っていた。

 殴られるたびに男の姿は徐々に人ではないものに変化していった。

 とうまが殴っている理由がこの状態へ持って行くためであるらしいことが徐々にわかってきた。

 殴り続けるとついに男の姿は完全に別のものへと変わってしまった。

 それは何と言うか…まるで巨大な、ゴキ…Gのようであった。

 ぐしゃっ、ぐしゃっと嫌な音がして元男だった巨大なGが潰れていった。

 あまりの気色悪さにミカは我に返った。

 …とうま、なんてことしてるの?

 ミカは耐えきれずぎゅっと目を閉じると耳を塞いでうずくまった。耳を塞いでも怪物を叩く音は生々しく聞こえてきた。

 やがてそれも静かになった。

 ミカはそっと耳から手を離し目を開けた。

 とうまはこちらに背を向けて、怪物の残骸を見下ろしていた。その背中にシュルシュルと羽がしまわれていくのが見えた。

 とうまは誰かに電話をかけた。

「こちら討魔特戦機体No.38L、接続未遂のG型を駆除しました…はい、たまたま現行犯で…はい、すみません。次回からは…」

 そこまで言うと、とうまは電話を切って振り返った。

 彼は全身にあの化物の帰り血を浴びて紫色に染まっていた。

 ミカはびくっとなり立ちあがろうとしたが腰が抜けしまっていた。

「なんだ立てないのか?」

 とうまは何でもないようにいつもの調子で言ってきた。
 ミカは恐怖に思い逃げようとしたが、体が動かなかった。

 いつまでもうずくまったままのミカの腕をとうまが引っ張って立ち上がらせた。

「さすがのお前もビビった?」

「あ、あたりまえでしょう?」

 必死で平静を装って言った。

「で、ミカは、俺のこと誰かに言う?」

 ミカはものすごいスピードで頭を回転させた。誰かにバラすと思われたら私も殺される? あいつみたいに。

 ミカはブンブンと首を横に振った。

「あはは、そんなに怖がらないで。ミカには何もしないよ。ただ、誰にも言わないでくれると嬉しいな」

 今さっき撲殺した相手の体液をまといながら、とうまはにっこり微笑んだ。

「だ、誰にも言わないし。頭おかしいって思われるだけじゃん」

「確かに」

 言いながらとうまは笑った。それは普段クラスで雑談している時の笑顔とまるっきり一緒だったが、それがかえって恐ろしかった。
 同時に、どうしようもなく彼のことが好きな自分がまだいることにミカは驚いていた。

 恐怖と共に、彼と特別な関係になれるのでは…という期待がミカの中に芽生えていた。

 今しかない。今しかないよ!! ミカは自分の中の臆病者を叱咤した。

 そしてようやく口を開いた。

「あ、あのさ。黙っといてあげるかわりに、私の言うことひとつ聞いてほしいんだけど」

「何?」

「初詣…一緒に行ってほしぃ…」

 言ってからミカは真っ赤になってうつむいてしまった。
 自分でもこんな時に何を言ってるんだと思った。

 ものすごくバカだと思われただろう。

「初詣??」

 ドギマギしているミカとは反対にとうまはキョトンとした顔をしていた。
 それが何だか腹立たしく思えた。

「一緒に行きたいって言ってるの、あんたと、初詣! 私はあんたが何であろうと差別はしない。その証に。ありがたく思ってよね」

 それを聞くととうまは腹をかかえて笑い出した。

「何だよそれ、めちゃウケる!!」

「断ったらあんたのこと言いふらすからね」

「まって、まって、行くよ。行くに決まってるじゃん」

「じゃあ、約束ね。ついでに家まで送ってくれない? 怖くてひとりで帰れない」

「はいはい」

 とうまは再びミカを抱え上げると、バサッと夜空に舞い上がった。

「ちょっと、違う、そうじゃない! 放して!」

 ミカは慌ててとうまから離れようとした。

「だめ、放さない」

 とうまはギュッとミカを抱きしめた。
 とうまから何とも言えない生臭さが漂って来た。

「やだ、臭い、放して」

「落ちるから暴れんな。あいつらの体液臭いよね。後でちゃんとシャワー浴びろよ」

「いやー! 放してー!!」

 冬の夜空にミカの声がこだまして、波乱馬上なクリスマスとお正月の到来を予感させるのだった。

(おしまい)



小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します。


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