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[ショートショート] 小夜 - 桃太郎伝説

 小夜さよが鬼になってしまった。

 宮使いをして五年目の秋。故郷の村から初めて届いた伝達がそれだった。

 宮様に話すとあっさり「いいよー」と言って一時帰郷をゆるされた。
 あまりにあっさりだったので拍子抜けするほどだった。

「その小夜という娘、お前にとって大事な子なんだろう?」

「亡くなった親友の妹です。俺が面倒を見てました」

「そうか、ならば尚更お前が行ってやらねばな」

 俺は宮様に感謝を告げて都を後にした。

 故郷の村は山二つ越えた先にある。俺の足でも一日と半分はかかる。
 はやる気持ちを抑えつつ体力を残しておくために適度に力抜いて俺は走った。

 ひとつ目の峠に差し掛かったころ、背後で気配がした。

 俺は立ち止まって振り返った。

「犬か?」

 俺が言うと草の陰から見慣れた顔がのぞいた。

桃太郎とうたろうさま」

 犬は俺の一ノ共。白一族の次期当主である。
 白髪の青年で足が早い。先に村に行って様子を見てまた戻ってきたのだ。

「小夜の様子はどうだ」

金切山かなきりやまにこもって今は大人しくしています」

「小夜はなぜ鬼に?」

「私にはわかりかねます」

 堅物の犬には小夜の心情は理解不能だったらしい。

「わかったご苦労」

 俺が走り出すと犬はぴったり俺の後ろについてきた。

 俺たちは休息なしで走り続けた。走りながら宮様が持たせてくれた握り飯を食い、排泄も行った。犬は走りながら寝ることもできる。俺にはできない。

 やがて二つ目の峠まで来ると、木の上から男が飛び降りた。

 猿だ。
 猿田彦一門の若頭。俺のニノ共。

桃太郎とうたろう、明朝動きがありそうだ。急げ」

 猿が俺の刀を投げ渡しながら言った。犬が無言で猿を睨みつけた。

 クソ真面目な犬と、素行の悪い猿は馬が合わない。

「小夜はなぜ鬼に?」

「俺には女のことはわからねえ」

 こいつに聞いたのは間違いだった。
 俺は猿から刀を受け取ると再び走り始めた。

「時間がなさそうだ。夜通し走るぞ、ついて来いっ」

 俺は少し足を早めて先を急いだ。体力はまだ充分。万が一小夜と戦闘になっても問題ないだろう。

 走りながら俺はなぜ小夜が鬼になってしまったのか考えていた。
 昔から情緒の激しい子ではあったが鬼化するほどではなかったはずだ。

 いま、小夜はいくつになったんだ?十六か…?
 愛憎をこじらせてもおかしくない年頃ではある。

 …でも小夜だぞ…? そんなタマか?

 俺には想像ができなかった。俺の中の小夜はまだ、いつも不機嫌そうにしていた小娘のままなのだ。

 俺たちは山道を走り続けて、空が白む前に村に到着することができた。

 村の入口に雉がいた。すらりとした長身の女。土地神に仕える巫女を兼任する俺の三ノ共だ。

「小夜は?」

「こちらです」

「小夜はなぜ鬼に?」

 金切山に向かって走りながら俺は雉に聞いた。

「若松さまに婚約者ができたことが関係してるのでは。私の憶測ですが」

 雉が声をひそめて言った。さすが雉だ。犬や猿とは違う。

 しかし…若松か…? あのぼんくらを? 小夜が?

 それはあまりピンとこない状況だった。

 俺の記憶にある若松は領主の息子ということだけが取り柄の鼻垂れ小僧だ。

「…若松か…?」

 思わず声に出して言ってしまった。そんな俺をチラッと見ると雉はフッと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

桃太郎とうたろうさま。女というのはどこか頼りない男に惹かれてしまうものですよ。特に若松は無能だが顔はいい。小夜さまが惚れるのも無理がないかと…」

 …無能って言っちゃってるし…。

「雉も若松みたいなのが好きなのか?」

 俺が言うと雉は急に立ち止まった。

「二度とそんなこと言わないでください」

 雉はまさに鬼の形相でそう言った。

「わ、わかったよ。すまなかった…」

 慌てて俺が謝ると、雉はフンと鼻を鳴らして再び走り始めた。
 これだから女はまるでわからない。

 鬼化する人間の殆どが女だと聞くが、なんとなく納得である。

「こえぇ〜。桃太郎、触らぬ神に祟りなしだぜ」

 猿がこそっと言った。その通りだと俺も思った。

 金切山に到着すると、山道の入口からすでに異様な妖気が漂っていた。これを小夜が出しているとは思いたくないほどに不快な妖気だった。

「行くぞ」

 俺は刀を握り直して山道に入った。

 金切山のてっぺんには池があって、その中央の小島に神社が建っている。
 昔から鬼化したものはここにこもる風習があったので、いつしかこの神社は鬼ヶ島と呼ばれるようになり、本来の名称は忘れられてしまった。

 なぜ鬼のようなものが神社に入れるのかは謎だが、鬼も神の一種だということか。

 だがこの妖気はどうだ。これは神のものと言えるのだろうか…。

 あまりの妖気に胃の中のものを吐きそうになったが何とか堪えた。

 これは一般の退治人では平常を保っていられないだろう。来たのが俺でよかった。

「小夜! いるのか!?」

 俺は声を張り上げて小夜を呼んだ。

 池の水がゆらゆらと揺れて妖気が動いたことを示した。

 やがてゆくっりと島の中央の神社から人影が姿を現した。

 小夜だった。

 彼女は一糸纏わぬ露わな姿でそこに立っていた。
 全裸の小夜を見て犬と猿は動揺したようだった。

 小夜は美しい女に成長していた。
 その裸体は俺ですら見惚れてしまうほどだったが、所々に青白い鱗のようなものが光って見えた。

 そして小夜の額には一本の鋭く長い角が生えていた。

 …これは…鬼というより龍神じゃないか…。

もも兄ぃ…」

 小夜が言った。それは小夜だけが使う呼び方だった。それで俺は小夜の意識がまだそこにあると確信をした。

「犬、猿、雉。俺がいいと言うまで手出しするな」

 三人の共は不服そうだが従ってくれた。

 俺は小夜に近づくと敵意がないことを示すため、刀を腰に納めて両手を上げた。

「桃兄ぃ…」

 小夜は一歩また一歩とこちらに近寄ってきた。

 その度に妖気が押し寄せてきた。

「桃兄ぃ…キビの餅はどうした…」

 小夜が言った。

 俺は一瞬、小夜が何を言っているかわからなかった。

「キビの餅…?」

「…あれをもっとよこせぇぇええ!」

 小夜は怒って目を光らせるとそこから光線を放った。

 光線が当たった後ろの木が真っ二つに割れてしまった。

「あ、あぶねぇ…なんだありゃ」

 閃光の一番近くにいた猿が言った。

「小夜、落ち着け、キビの餅って何だ?」

「とぼけるな桃兄ぃ。餅だぁぁあぁ!!」

 小夜は怒って再び目から光線を空に向かって放つと俺の方へと飛びかかってきた。

 人間の跳躍力ではなかった。

 そのまま小夜は額の鋭い角を突き立てながら俺に突進してきた。避けきれず小夜の角が俺の肩にグサっと刺さった。

 動脈をやったかもしれなかった。
 角が抜けたら血が吹き出すかもしれない。

 俺は咄嗟に小夜の体を押さえて離れないように押さえた。小夜が動くと肩に激痛が走った。

桃太郎とうたろうさま!」

「頼む、角が抜けないように小夜を押さえてくれ」

 駆け寄ってきた雉に言った。雉はしっかりと小夜を押さえた。

「これはこれは…いったいどういうことだ?」

 急に後ろで聞きなれない声がしたのでそちらを見ると男が三人…。

桃太郎とうたろうさま、若松とその家来です」

 犬が近寄ってきて言った。

「小夜、お前が私の婚約のせいで鬼化したと聞いたぞ。私は鬼でも女の形をしておれば細かいことは問わない。妾にしてやってもいいのだぞ」

 若松がゆっくり歩いてきながら言った。両脇にはガタイの良い男が二人ついている。護衛のつもりだろう。

 それにしてもこの妖鬼とこんな状況なのに若松は全く意に介していないようだった。馬鹿なのか大物なのか計り知れないやつだ。

「何だあいつ? 追っ払うか?」

 猿が鼻息を荒くしながら言った。

「ああ、頼む。怪我をさせるなよ」

 俺の言葉を聞くと猿はすぐさま若松の方へと飛んでいった。

「おい、若松の旦那。あれが見えないのかい? お前の出る幕じゃねぇからお家に帰ってな」

「お前は…ヒヒか」

「猿だよ」

「てことはあれは桃太郎とうたろうか。おい、桃太郎。みっともないぞ。いくら小夜のことが好きだからといって無理やりというのは男としてどうかと思うぞ」

「お前な…あれがどうやったらそう見えるんだよ」

 猿が呆れて言うと同時に、小夜が手のひらを彼らに向けて開くのが見えた。
 小夜の手のひらには目がついていた。

「猿!伏せろ!」

 俺が叫ぶと猿は咄嗟に若松に飛びつき地面に伏せた。

 小夜の手のひらの目から光線が放たれた。

 光線はさっきまで若松が立っていた場所をかすめて後ろの大木を薙ぎ倒した。

 若松の護衛二人は驚き身動き一つ取れなかった。

「餅だあぁぁあぁ!!」

 小夜が叫んだ。

「そこのでくの坊の二人、若松の旦那を連れて早く逃げろ!」

 猿が叫んでいるのが聞こえた。

 バタバタを足音が聞こえて若松たちは逃げて行ったようだった。

「餅だあぁぁあぁ!!」

 小夜がまた叫んだ。
 額の角が俺の肩に刺さったままなので俺からは彼女の顔は見えなかったが、相当怒っているようだった。

 角が抜けないよう押さえている雉の腕にも力がこもる。

「小夜、餅って何だ? 俺にはさっぱり…」

「餅と言ったら餅じゃあぁぉあぁ!!」

 話にならなかった。小夜は正気を失っている。もう「餅」しか言わないだろう。

桃太郎とうたろうさま、宮様が…」

 犬が慌てた様子で言った。見ると宮様がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。複数の家臣を連れている。

「宮様?! なぜここに?!」

桃太郎とうたろう、大変だったな。遅くなってすまなかった」

「宮様、危険です。お下がりください」

 俺の声掛けを無視して、宮様は普段と変わり無い様子で近づいてきた。
 この宮様、只者ではないと普段から思っていたが、やはり只者ではない。

 宮様は俺の肩に突き刺さった角を確認した。

「これは抜かないようにしたのは正解だったな。お前は雉か?」

 雉が頷くと宮様は雉の肩をポンポンと叩いた。

「まず角を外そう」

 宮様は腰から短剣を抜くと角の根本にコツコツと峰を何度かあて、カツンと一度だけ大きく当てた。
 すると見事にポキリと角が折れて小夜の額から外れた。

 角が外れるとすぐさま何人かの家臣たちが小夜を抱え込み、目隠しをさせ、手のひらにも布を巻いた。
 それから、女たちが小夜に何か白い小さな餅のようなものを食べさせた。

 餅を食べると小夜は驚くほどに静かになった。

「宮様、いまのは?」

「きび団子だ」

「きび団子…?」

「これを用意していて遅くなった」

 話している間に宮廷でも見たことがある医者の男が俺の肩から角を外し、見事な手さばきで止血をしてくれた。
 まるで魔術のようだった。

桃太郎とうたろう、よく聞きなさい。小夜はもう元には戻らない」

 宮様が真剣な声で話をはじめた。

「この現象は鬼化ではない。神化だ。小夜はこれからここで神となる。お前はその面倒を見ろ」

「ちょ、ちょっと待ってください、宮様。話が全く見えないのですが」

「お前の集落につたわる鬼化の伝承だが、それは厳密に言うと鬼化ではない。神の化身が人間の姿をして現世に産まれ、人神となる過程なのだ」

 初耳だった。だが、さきほど小夜の姿を見てまるで神のようだと思ったのを俺は思い出した。

「…なぜ小夜が? なぜ俺が面倒を…?」

「さっき神の角で突かれただろう。あれは神託の一種だ」

 …え…。

 俺は小夜に突かれた肩の傷にそっと触れた。そこはまだ強い痛みが残っていた。

「いずれこうなることは予測していた。だからお前を宮使いに呼んだのだ。何、神の世話と言ってもきび団子を食わしてあとは普通の夫婦のように暮らせばよい。きび団子さえ食わせておけば角と鱗がある以外は人とほぼ変わらん。目からも光線は出なくなる」

「いやいや、宮様…待ってください。夫婦?」

「神に仕えるとはそういうことだろう、なあ雉?」

 急に話をふられた雉は、あわてて、はい、そうです! と勢いよく答えた。

「きび団子は必要分は必ず送ってやる。それから共たちはこれまでどおりに使ってもよい。年に三回報告のために都へ来い。それだけだ」

 そう言うと、宮様は仕事を終えたとでも言うように家臣の者たちに荷物をまとめさせて帰り支度を始めてしまった。

「宮様…あのひとついいでしょうか? あなたはいったい何者なんです?」

 宮様はまっすぐ俺の方を見るとこう答えた。

「私が他の兄弟たちから何と呼ばれているか知っているか? 神生みの宮だ」

 宮様はにっこり微笑むと「じゃ、頼んだよ桃太郎とうたろう」と言って帰って行ってしまった。

 残された俺と犬と猿と雉は茫然とその背中を見送った。

 小夜はきび団子をたらふく食って満足したのか、あおむけに大の字でぐーぐーと眠り続けていた。

 とりあえず、着物を着せないとな…と俺は思った。

(おしまい)


白鉛筆さんの企画に参加です。

今日限定公開の企画を今日知ってしまって、古典リミックス大好きな私としてはどうしても書きたい!!!!! と思ってあわてて書きました。

おとぎ話をアレンジするのがとても楽しい企画です。
千差万別の桃太郎が生まれているようですのでじっくり読みに行きたいと思います。

はじめましてですが、どうぞよろしくお願いします。
楽しい企画をありがとうございます。

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