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パラサイト・アブストラクション [逆噴射小説大賞2024]

「それならばFに行ってみたら?」

 妻が言った。いや、かつて妻だったもの、と言った方が正確だろう。何しろそれはもう原型を留めていないのだから。

 それは赤いドロッとした塊だった。まるで溶けたチョコレート。

「Fか…」

 それ以上妻からは何の言葉も得られなかったので俺は家を後にした。

 F地区は歩いて二時間ほどの場所にある。

 得意なのだ。歩くのは。

 家の外は瓦礫の山だ。あれからもう三年が経つ。

 俺たちは行方不明になっている娘のレイを探していた。

 三十分後。俺は給水所で水をがぶ飲みしていた。汗だくのヘトヘトだった。

 暑すぎる。もう十月だぞ。

 そこに一匹の兎が現れた。緑の瞳を持った兎だった。

 レイと同じ瞳の色だ。

 兎はじっと俺を見ている。

 …そして俺は確信した。

 こいつは、レイだ。

 レイだ。連れて帰ろう。

 こうして俺は一匹の兎を連れて帰った。

 家に戻ると、かつて妻だったものは全く同じ姿勢で待っていた。

 兎を見ると彼女は「Fには行かなかったのね」と言った。

 俺が言い訳を考えていると、妻に兎を奪い取られた。

 兎は暴れて逃げようとしたが、無駄なあがきだった。

 彼女は兎の肛門に顔をくっつけると息を吹き込んだ。ブブブボボボと不快な音がした。

 兎は風船のように膨らみ、人の形となって床に着地した。

 それはマシンガンを構えたレイだった。

 次の瞬間にはかつて母親だった塊に向かって娘はマシンガンをぶっ放していた。

 ビチャビチャと音をたてて妻の身体に穴が開いた。
 そしてドサリと床に倒れた。

「ああ、なんと言う事を…」

 何もできず俺はそう言った。

「あれは母さんじゃないよ」

 レイが言った。

「父さんは寄生されたんだ…助けるから」

 言いながらレイは俺の手を縛り始めた。

 俺はレイの横顔を観察した。心なしか鼻がヒクヒク動いているように見えた。

「お前、誰だ?」

 俺はレイ…のように見えるそれに向かって言った。

(つづく)

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