見出し画像

[ショートショート] レモンからぶっ飛べる成分が抽出されることはあまり知られていない

 レモンからぶっ飛べる成分が抽出されることはあまり知られていない。

 まずはレモンの皮だけを10キロ用意する。
 中身は使わないのでジャムにでもすればいい。

 全部をひとつの鍋で煮るのはムリなのでいくつかの鍋にわけ、適当な量の水で煮る。

 レモンの皮が充分に柔らかくなったら鍋から取り出し水を切って冷ます。

 それで新聞紙かなんかに広げて半日乾かす。

 半乾きくらいになったらすり鉢等使って丁寧にペースト状にする。機械を使わない方が安全に飛べる。

 ペースト状にした皮をさらに乾燥させる。

 ペーストが完全に乾燥したら、2m四方以内の密室で火を点けレモンの皮を炊くのだ。
 ここでの注意点は炎が上がらないように煙だけが出るようにして炊くこと。空気の出入りは可能にしておくこと。でないと死ぬ。

 煙が充満した密室で五時間飲まず食わずで静かに待つ。
 レモンの皮はだいたい五時間で全て灰になるらしい。

 全てのレモンの皮が灰になった時、とんでもないぶっ飛びが体験できるってわけだ。

 俺はこのバカみたいな情報を信じて今、レモンの皮から抽出された煙の中に三時間ほどいる。

 だが何も起こらない。最初は煙が目にしみたり、咳き込んだりして大変だったが、一時間くらいしたら何ともなくなった。
 もしかしたら皮の量が少ないのかなとも思ったが、しっかり測ったから問題ないはずだ。

 そういえば、さっきから少し空間が広くなったような感じがしてきている。
 俺はひとり用のテントに籠ってこの作業をしているのだが、煙のせいだか何だか…テントの壁がずいぶん遠くにあるように思える。

 まあ、とりあえずこのまま続けてみよう…。

 それから俺は煙の中で残りの二時間を過ごした。

 レモンの皮が全て灰になり、最後の煙が一筋流れた。
 その瞬間、それは始まった。

 自然と身体がのけぞって自由が利かなくなった。
 そして目の前をチカチカといくつもの光が瞬いた。

 耳元で何語かわからない幾つもの声が通り過ぎる。
 声には深いディレイがかかっていて、頭のまわりをグワングワンと旋回しているようだった。

 …これか? これがぶっ飛びなのか?

 だが俺の意識ははっきりしているし、キマってるという感覚もない。

 これではまるで…まるで…心霊現象ではないかっ!!!!

 俺はのけ反った姿勢から無理矢理体を起こそうとした。
 すると耳元ではっきりとした声が聞こえた。

「途中で抗ってはいけません。迷子になりますよ」

 女性とも男性ともつなかない優しい声が言った。

「流れに身を委ねてください」

 俺はひとまず声の言う通りにした。最高のトリップができるなら何だっていい。
 早くぶっ飛びたかった。

 やがてグワングワンした感じが治まり、俺の体の硬直も元に戻った。

 体を起こして見回すと、俺は見慣れないドーム型の狭い部屋の中にいた。
 薄暗くてよくは見えないが、どう見てもテントの中ではないようだった。

 強烈な幻覚なのか?

 いやしかし、高揚感がない。これではただの夢ではないか…。

 俺はゆっくり立ち上がった。
 頭が天井につくほどの狭い空間だった。

 ドーム型の壁を調べると押したら開きそうな場所があった。
 そっと押すと、ゆっくりと壁がずれて開いた。

 壁の向こうはとても明るく眩しくてどうなっているのかよく見えなかった。

 ちょうど人が通れるほどの隙間が開いたので俺はそこから出た。

 すると、外は目が痛いほどの明るい世界だった。

 思わず俺は両目を覆った。
 目が慣れるまで俺はまわりを確認することができなかった。

 やっとのことで目が慣れ、ゆっくりと目を開くと、俺はまたもや見慣れない建物の中にいた。
 壁の全てが黄色…というか金色に光る空間だ。

 目の前に人物が立っていた。

「よかった無事に到着できましたね」

 その声に聞き覚えがあった。さっき話しかけてきた声だ。

 俺はその人のことをよく見ようとしたが、その人自体が光っていてよく見えなかった。

「あんた誰? ここはどこ?」

 俺はアホみたいな質問をそいつに向かって放った。

「私はあなたの案内人です」

 その答えを聞いても俺の疑問は増えるばかりだった。

 やっと目がまともに見えるようになってきた。
 そして俺は奴らを見た。

 俺の前には話しかけてきた奴を始めとして、何十人もの人が集まっていた。

 奴らは揃いも揃って黄色い全身タイツのような服を着ていた。

 おまけに、顔が……、顔がレモンだった。

 レモンに目と口がついていた。鼻はない。

 俺は驚いて後ずさった。

「どうしたのです? どこか痛むのですか?」

 レモン顔が近寄って来た。
 心配そうな表情がレモンに張り付いていた。

 ものすごくシュールだった。

 ちょ、ちょっとまてwwww

 たまらず俺は吹き出してしまった。

 な、な、なにこれ!?

 めっちゃぶっ飛んでるんですけどぉwwwwww



※この物語はフィクションです。実際にはぶっ飛べませんのでやらないように。

小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』に参加します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?