[ショートショート] 感情の色、世界の色 [色見本帖]
幼い頃から私には感情が色として見えていた。人を見ると同時に色が見えた。
母子家庭で働き詰めの母はいつも疲れた顔をしていた。
母は水色だった。どんな時も。
母には感情がない。私を愛していない。
私はそう思っていた。
そんな母は、私が中学を卒業する年に大病をして他界した。
私はひとりになった。
母が私に残したものはたった一冊のノートだった。
私はそれを開くことができなかった。
私は高校生になった。
色がうるさくて私は独りを好んだ。
屋上に入れることを知り、昼休みはそこで過ごすことにした。
誰の色も見たくなかった。
ところが屋上には先客がいた。上級生の男子だった。
私は驚いた。なぜなら彼は母と同じ水色だったから。
「勝手に来んな」
「勝手に決めんな」
最悪な初対面。
だけれども、話してみると意外と私達は気が合った。
彼はいつも水色だった。母と同じ。
感情がないのかもと思った。
ある時、私は人の感情が色となって見えることを彼に打ち明けた。
「俺は何色?」
「あなたは水色。常に。母と同じ…」
母のことを彼に話した。
彼は真剣に聞いてくれた。そしてこう言った。
「思うに、色と感情は関係ないんじゃないかな」
「どうして?」
「だって俺には感情があるから」
私は耳を塞いだ。
「ねえ、聞いて。お母さんのノート、読んでみよう?」
私は強く耳を塞いだ。聞きたくない。きらい。
言わなきゃよかったと後悔した。
それなのに、私は次の日ノートを持って行った。
一緒に読んでと彼にお願いした。
ノートを開いた。
日記だった。
子育ての苦悩と喜びがそこには綴られていた。
死んだと聞いていた父親は借金を残して逃げていた。
母は返済に追われていた。
母は私の事ばかり書いていた。
感情豊かな母親がそこにいた。
“娘は相手の気持ちを察するのが苦手” と書かれていた。
こちらの意図を明確に伝える必要がある、と。
必死に働き借金を返し終えると、病気になった。
「どれほど私があなたを愛していたか。この抽象的な概念が娘にもいつか理解できますように」
母のノートはそう締めくくられていた。
ノートを閉じて私は泣いた。
彼は黙って寄り添ってくれた。
昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。
「感情が無いって言うけど、俺は…」
言いにくそうに彼は続けた。
「君がいると冷静ではいられない」
驚いて彼を見返した。彼は真っ赤な顔をしていた。
「お、怒ってるの?」
「ちがうよ、バカ」
…ちがうの?
私は困惑した。
彼は相変わらず水色だった。
色と感情は関係ない? 私がそう認識した瞬間だった。
世界はもっと違う色で溢れているのだ。
三羽 烏さんの『色見本帖つくります』に参加します。
“感情の色、世界の色” です。二つでワンセットです。
厳密に数えると、1086文字です。これ以上削れませなんだ。。。
ごめんなさい。
◎共感覚について
この物語の主人公は共感覚の持ち主です。
“共感覚” とは二つの異なる感覚を同時に感じることで、稀にこの感覚を持っている人がいます。
例えば、文字に色がついているとか、音に形があるとか、そういう二つの感覚が合体したものです。
これは明確に、例えば折り紙に色がついているのと同じくらい明確に文字に色がついていたり、音に臭いがあったりするそうです。
この音楽は青っぽい…とか、辛い味は尖ってる感じ…とか、そういうイメージの話ではなくて、明確にもう一つの感覚がやってくるのです。
実際、私の夫は共感覚の持ち主で、文字に色がついているそうです。子供の頃のほうがよりはっきり色がついてたそうです。
同時に人に対しても色がついているようで、時々そのような発言が見られます。
共感覚の持ち主は、生まれた時からあたりまえにその感覚を持っているので、自分では気が付いていないこともあるらしいです。
私の場合、自分には共感覚はないな…と思うのですが、もしかしたら何かあるかもしれませね。
気が付いてないだけで。
色見本帖というテーマで、共感覚にまつわることを書きたいなっておもったのでした。
三羽さん、よろしくお願いします。
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