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[ショートショート] 桜色の小人と恋と呪い [ダブル文芸部]
桜色の小人が道端に落ちていた。
それは本当に全身が薄いピンク色の小人だった。
あまりに小さいので花びらと間違えて踏んづけそうになった。
実際誰かに踏まれたのかもしれない。動かないし。
俺はしばらく横たわっている桜色の小人を見下ろしていたが、そのまま置いていくこともできず、そっと拾い上げてポケットにしまった。
そんなことをすっかり忘れてバイトして、家に帰ってきてズボンを洗濯しようとポケットをさらった時に小人が出てきて、思わず声が出るほど驚いてしまった。
ああ、そうだった。ポケットに小人を入れていたんだ。
俺は慎重に小人を摘み上げると、リビングに持って行き、そっとクッションの上に置いた。
拾った時は桜色をしていた小人はすっかりくすんだ黄色になってしまっていた。
これはまずい。
完全に死んでしまったかも知れない。
俺は慌ててネットで小人の復活方法を調べてみた。
すると、桜色の小人の腐敗が進んでしまった際にはスモークサーモンで一晩包むとよいと描いてあった。
俺は早速コンビニに走り、スモークサーモンを探した。
最初に行ったコンビニになくて、3軒もハシゴしてしまった。
家に戻ると小人はますますくすんだ色になっていた。
これはやばい。
俺は急いで小人をスモークサーモンで包んだ。
皿の上に乗せると、まるで上品なイタリアンみたいになったので、間違って食べてしまわないか不安になった。
いや、この家には俺以外にはいないのだから、そんな心配は必要ないのだけど、うっかに忘れて食べてしまったら取り返しがつかない。
サーモンの小人包みが乗った皿を本棚の上の方の棚に置いた。
もう一度中をのぞいてみたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して俺はベッドに潜り込んだ。
翌朝、恐る恐る本棚の上の皿を確認すると小人を包んでいたサーモンがめくれて、もぬけの殻になっていた。
生き返った? 逃げてしまった?
俺が慌てていると、本棚の奥から小さな声がした。
「ワシを蘇生させたのはお前か、クソ人間」
…クソ人間? 気になるとことが多々あったが、それよりも元気になった小人の姿を見たくて俺は本棚の奥を覗き込んだ。
そこには何とも可憐な、まるで一輪の花のような桜色の小さな女の子が立っていた。
ワシとか言うので爺さんの小人だったのかと思ったが違ったようだ。
俺はたちまち恋に落ちてしまった。
この歳になるまで一目惚れなんかしたこともなかった俺が、まるで現実味のないこんな小人の少女に恋をしてしまうなんて異常だと思えるけれど、どうしようもなくこの少女が愛おしくてたまらない気持ちになってしまった。
これも桜色の小人の能力か何かなのか。
小人が勿体ぶった足取りで本棚の奥から出てきたので俺は手のひらを広げて彼女の足場を作った。
桜色の彼女は躊躇なく俺の手のひらに乗った。
「ご苦労であったな。その魚の肉は喰っていいぞ」
その偉そうな言い草がとてつもなく可愛らしくて身もだえたい気分だったがぐっと我慢した。
「ご配慮恐れ入ります」
俺は彼女にあわせて、不慣れながらできるだけ丁寧な言葉遣いで返事をした。正しいかは別として。
小人は俺の手のひらの上で胡坐をかくと、まじまじと俺の顔を見て来た。
俺は柄にもなくドキドキしてしまった。
急に手のひらが汗ばんでいるように感じて来てしまった。
この手のひらの恋が彼女に伝わってしまわないか急に恥ずかしくなってしまった。
「なんだお前、ワシのことが好きなのか?」
図星を言われて俺は慌てた。
「す、すみません」
「別に謝ることではなかろう。それならば、お前の好意に甘えてもう一つ頼まれてはくれまいか?」
俺は何度も首を縦に振って同意の意を示した。彼女を前にするとなんだかうまく話ができない。
「この小さき姿は本来のワシの姿ではない。このままではワシはすぐに再びくたばってしまう」
「そんな…どうして?」
「呪いじゃ」
「呪い?」
「ワシはある男に随分と恨みをかってしまってな…二度と人間の男と恋ができないようこんな姿にさせれたのじゃ」
「酷いことを…」
恋…してしまっているが俺…と思ったがそれについては口をつぐんだ。
「そこでじゃ、どうやらワシに好意を持ってくれているお前に頼みたい」
「俺にできることなら何なりと」
「ならば、これからワシが言う物を集めて来てくれ」
小人に言われたものは、こんな物だった。
煮干しの頭、とろろ昆布、乾いた米粒、梅干しの種、ネズミの糞、カラスの羽、ネコの髭。
ほとんどの物はすぐい用意できたが、ネズミの糞だけどうしたらよいのか解らず、俺はペットショップに足を運んだ。
糞がほしいと言ったら怪訝な顔をされたが、実験でどうしても使いたいのだなどと適当なことを言って何とか分けてもらうことに成功した。
注文の品を持って行くと、小人はそれを鍋で煮るように指示してきた。
まさか、これを飲むつもりじゃないだろうな…と思ったがそうではないようで安心した。
持って来たものを鍋に入れていると、小人に自分を包んでいたサーモンを食べろと言われた。
食べてみるとそれは、普通のスモークサーモンとはだいぶ違っていた。何というか、心臓が爆発しそうな味だった。
…恋の味ってやつだろうか…。
それはさておき、集めて来たものを煮はじめると、小人が俺の肩に乗って来た。そして耳元で不思議な言葉の呪文を唱え始めた。
その声を聞いていると、俺の中の愛おしい気持ちが高まりそれが鍋に伝わっているように思えた。
鍋の中はやがて灰色のドロドロした液体になった。
充分に煮詰まると、小人はそれを7つの小皿に少しづつ分けろと言った。
俺はそのとおりにした。
それを円状に並べてその中心に俺は座らされた。
小人は俺と向かい合ってちょこんと乗った。その可愛らしいこと…食べてしまいたいほどだった。
「では始めるぞ。お前はワシのことだけを考えていろ」
俺は目を閉じて言われた通りにした。
小人は再び呪文を唱えた。俺は小人の声に集中し、彼女の可憐な姿を妄想した。
妄想の中で俺と同じ大きさになった彼女を俺は愛でた。
呪文は続いた。
心なしかその声色が変わって来たように思えた。
体が大きくなってきているのだろうか。
俺は目を開けずに妄想に浸った。
やがて小人の声はどんどんと低くなって囁くような声になっていった。
そして呪文が止まった。
「終わったぞ」
小人が言ったので目を開けると、目の前には見知らぬ若い裸の男が座っていた。
長い髪が腰まで伸びて、桜の花びらのように白い肌の美しい男だった。
「お前の想いが伝わり、契約成立じゃ。ワシは元の姿に戻れた」
俺は意表を突かれてポカンと目の前の男を見返した。
これがあの小人の本当の姿だというのか。
…男…だったのか…。
俺はちらっと目の前の元小人の股間を確認しながら思った。
俺は男に惚れたことはなかったが、目の前の男には惹かれるものがあった。
小人に感じていたような愛おしさを感じた。
この感情を自分の中で消化できるまで時間はかかりそうだった。
「どうじゃ、見惚れて声も出ないか?」
俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「契約は成立したのじゃ。ワシはもうお前のものだぞ」
そう言いながら元小人はにっこりと微笑んだ。
…これは、お、俺はどうしたらいいのだ!?
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」と山根あきらさんの「青ブラ文学部」のダブル文芸部です。