「納期厳守」と「報連相」は当たり前ではないのか
先日、初めてクライアントと報酬価格の交渉というものを行ってみた。
これまでは労力に見合わない仕事を請け負ってしまった場合、とりあえず受注した分は割に合わずとも報酬以上の仕事を完遂した後にその仕事を降りるというケースでやってきたが、この間どうしても納得のいかない状況となったため、いつもと同じように仕事を降りようとしたところ、クライアントに強く慰留された。そこで、ダメ元で報酬のUPを申し出てみたらなんと快諾された。思ったよりも良心的なクライアントだったらしい。
実はその案件はこの業種の常で連絡もなく受注した仕事を放棄する人も多いという事情があり、クライアント側から見れば高い報酬を払えないような状況があった。そしてちゃんとした記事を納品している人や、連絡をまめに行い納期を守る人がその尻ぬぐいをせざるを得ないという背景がある。そうでなくても、文章の矛盾などを指摘されると正当な理由もなく逆切れする人もいる。だからクライアントばかりを責められない部分も確かにある。
私の書く文章はそれほど優れたものではないと自覚している。自分の書いた記事と「読ませる」文章が書けるライターさんの記事と比較するともう月とすっぽんで、まだまだ遠く及ばないと思う。でも、だからこそ「納期厳守」を前提とし、万が一アクシデントなどで納期に遅れそうになった時の連絡はもちろん、仕事の進捗状況を随時連絡する「報連相」を欠かさない、修正依頼が来たときは極力クライアントの意向に沿うように修正するなどの当たり前の事だけは厳守してきた。
でも、これまでそれなりに案件を受注していると、その当たり前の事がまったく出来ない人は私が思う以上に多いことに驚かされる。そもそもそれはこの仕事のみならず、一社会人として当然のマナーではないか?1円でもお金をもらって仕事をしている以上プロだ。いいかげんな仕事をし、連絡がつかないような状況にするとは何を考えているのだろうか?理解できない。
正直に言おう。そのようないいかげんな仕事をする人が多いからクラウドソーシングのライターが馬鹿にされてしまうのだろうと思う。恐らくそのようないいかげんな人はどこに行っても同じようないいかげんな仕事をするに違いないので、どこに行こうとそれなりの扱いしか受けないと思うが、それにしてもそんな人と同じ報酬だということがどうも納得がいかないし、やりきれない。
いい加減な仕事をされて突然連絡が途絶えたりすれば誰だってその相手をよくは思わない。私は必要に応じて関係各所に直接出向く、あるいは電話などで問い合わせを行い、記事で書くべき事項についての確認をするので特に思うのだが、たとえPC上で完結する仕事だって、ブラウザの向こうには自分と同じ生身の人間がおり、仕事が滞りなく行われるために神経をとがらせているのだということを忘れている人が、この仕事には特に多いのではないだろうか?
地雷と呼ばれるクライアントは確かにいる。けれども、逆に地雷としか言いようがない、文章の良し悪し以前のことができていないライターもまた多い。素人が参入しやすい業界ではあるが、それでお金をもらうならもはやその時点で素人とは言えない。当然だが新社会人のように研修で社会人としてのマナーを教えてもらえるはずもないのだから、その程度のマナーは自分で身につけるしかないのだ。そこに甘えは許されないと思う。
私のような、Webライターとしては最末端にいる人間がそんなことを言っても説得力がないということなんて百も承知だが、それは町内会やPTA活動など、地域社会にも必要不可欠なマナーだ。専業主婦(主夫)だってその心得がなければ地域社会から信用ならない人物と思われ、爪弾きにされるレベルだ。
そう考えると私自身を含め、常に自らに次のことを問いかけることを忘れてはならないと思う。
「自分は社会人として最低限のマナーが守れているだろうか?」
画像:ぱくたそ様