あったかい家族。 @ 秋田
数年前、東京から秋田空港へ戻ったとき、秋田でお勤めしている若い女性と、そのご両親らしき人を見かけた。
寡黙で穏やかな雰囲気を持った優しそうな女性だ。彼女の母は車椅子に乗っており、それを彼女は優しく支えていた。
顔見知りなので、お互いにお互いの存在に気づいたけれども、私は話しかけないことにした。手助けが必要であれば話しかけただろうが、お母さんを、お父さんと彼女が優しく包み込むように協力して移動しており、そこには3人にしかないあうんの呼吸があった。私はそれを決して邪魔してはいけないと思った。壊してはいけないと思った。
そこに、私は強い絆と信頼関係を見て、実はこっそりと涙してしまった。
◇
世の中を見渡していると、家族や結婚生活に悩んでいる人もいる。別れを選ぶ人もいる。家族同士で一生分かり合えない場合もある。
それは事実である。
そして、広い世の中を見渡してみれば、肉親を持たない人もいる。身近でいうと、「震災孤児」などがそうである。
家族という形以外、独身という選択だって当然ある。
家族という形でなくても、違う形で心が結びつくこともある。
世の中、いろいろな事情や想いがあるから「家族っていいよ」って思うこともあるけれど、必ずしもそうとは言えない事実が存在する中、そう断言はできない。
ただ、人間は地球という中に生かされているんだなぁと思う。
自然と厳しさと向き合うことも必要であり、そして、人間は決して1人では生きていけない。
1人で生きていると言えるのは、自然の中で狩りをして自炊生活をしている人くらいであろう。
でも、多くはそうではない。1人暮らしをして1人で頑張っていると考えている人でも、食べる食事は、どこかで農家の方々が毎日汗水垂らして作ってくださっている。
そして、販売所まで誰かが電車やトラックなどで運んで、陳列して販売する人がいて、私達の手元にようやく食べ物が届く。
人間の生活は多くの人に支えられている。
だから、私は人に敬意を示し、大切にするように心がけている。
今は連絡を取っていなくても、自分を支えてくれている人々の存在を、ちゃんと心で覚えている。
だから、自立できるようになったら、支えてくださった方々と社会にちゃんと還元したい。
地理的制限はあるけれど、生涯かけて「ありがとう」と言って回らなくてはと思っている。
ただ、学生で自立していない現状でもできることがある。
それはボランティア活動である。
残りの学生生活は、どんなに忙しくても、私を受け入れてくださった秋田に行動を通して還元していくという覚悟を持っています。
テイクだけではダメ。
ギブギブギブできる人でありたい。
できているなんて傲慢な考えは持っておらず、それが自分の目指すところである。