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貴方と巡る幸せ【石田三成】-天下統一 恋の乱- ✎
たった今確かに感じていたぬくもりが離れていく。
振り返ることのないその背中を追おうとすると、誰かに引き止められた。
名を呼んでいるのにそれは音にすらならず、私の心の中は愛おしい人の名でいっぱいになった。
ピピピピピ…
スマホのアラーム音で目が覚めた。
「夢…」
何度も繰り返し見る夢。
その度に私の瞼は涙で濡れていて、酷い消失感に襲われるのだ。
「なんなんだろ…」
私はベッドの上で伸びをして、やんわりと体を起こした。
「豊臣秀吉の太閤検地では度量衡を統一したことで有名────水田だけでなく屋敷なども──石盛という方法でランク付けし──…」
豊臣秀吉狂と言われている石田先生の授業は、毎回の如く眠りを誘う。
欠伸を噛み殺していると、隣にいた同級生の島左近くんが私の腕を突いた。
「なぁなぁ…今日仕入れた石田先生情報聞きたくないか?」
「えっ?」
「石田先生の下の名前、佐吉ってんだせ。渋い武士みたいな名前だよな」
怒られるよと言葉を返そうとした瞬間
「そこ!何無駄話をしている!」
案の定石田先生の怒号がとんだ。
「俺の講義中…それも秀吉の話をしている時に私語とはいい度胸だな」
私と島くんは授業終了後に石田先生に呼び出しされ、御小言を食らった上にレポートの提出を求められた。
「陽菜、ゴメンな。俺が話かけたせいでとばっちり食らって」
「ううん、気にしないで。それより良いの?お昼ご飯奢ってもらっちゃって」
「良いってことよ!奢るったって学食の飯だけどな」
私達二人は賑わう学食のテーブルにつき、お昼ご飯を口にしていた。
「しっかしさー、レポートなんて何書いたら良いかわかんねーよ」
島くんはうどんをすすりながらため息をつく。
「とりあえず『豊臣秀吉』について何か書けばいいんだよね?島くんは私より熱心に授業出てるじゃない。レポートの一つくらい楽勝でしょ?」
私はサンドイッチを噛りながら問いかけた。
「ソレとコレとは別。それに俺が石田先生の授業に出てる理由は『豊臣秀吉』じゃなくてさ…」
「貴様は噂通り、俺の講義をネタに女を『ナンパ』しているのだな」
背中からゾクリとするくらい冷たい声が聞こえた。
「げっ!石田先生…いや…アレはあくまでも噂で…俺は陽菜をナンパしたわけではなく」
しどろもどろになる島くんを見ていると、笑いが込み上げてきた。
私が石田先生の講義を選んだ理由も、実は『豊臣秀吉』ではない。
島くんが熱心に『一緒に授業を受けよう』と誘ってきたからだ。
私と島くんはまったくの初対面だった。
だから構内でアレは島くんによる『公開ナンパ』と言われているのだ。
「ふふっ…講義に誘われた時はいきなりでびっくりしたけど、受講して良かったと思ってるから結果オーライじゃないかな」
内容はなかなか頭に入らないけど…と思ったけど、それは伏せておいた。
気がつけば、石田先生の視線は私に向けられていた。
正しくは私が購買で買ったおまんじゅうの袋を凝視していた。
(おまんじゅう好きなのかな?)
「先生、おまんじゅう食べます?」
「あぁ…いただこう」
石田先生は相変わらず愛想のない顔をしているが、心なしか喜んでいる気がした。
「うん…美味いな」
「良かったです。また作ってきますね」
「あぁ」
と口にしたところで、会話に違和感を感じた。
「陽菜、まんじゅう作れるのか?」
島くんの言葉に
「え?作れないよ」
と私は当然の様に即答した。
「でも今『また作ってきます』って言っただろ?」
「え?私、そんなこと言った?」
石田先生は咳払いをして「いい加減な事は言わないように」と呟き、その場を立ち去ってしまった。
「島左近、原田陽菜…」
俺は俺の授業で良く見かける学生二人の名前を読み上げた。
島が原田を構内でナンパしたらしく、二人でいる光景は度々見かけていた。
その二人を見かける度、説明しがたい感情が湧き起こるだ。
懐かしいような…心に痛みを感じるような…。
「石田先生、いらっしゃいますか?」
軽くドアを叩く音がし、ドアからまさに考え事をしていた原田が顔を出した。
得も言われぬ感情で頭がいっぱいになる。
そう…俺はおかしいのだ。
学食でまんじゅうをもらった時から、この原田に対してなんらかの感情を強く感じるようになったのだ。
「アンタか…何の用だ。俺は忙しい、用件は簡潔に言ってくれ」
(平常心を保つのがこんなに苦しいとは…)
今の俺は感情を見せぬように振る舞うことで精一杯だった。
「レポートの提出の件で…豊臣秀吉に関する本をお借りできないかと」
「いいだろう、少し待て」
俺は原田に背を向け、初心者でもわかりやすいような本を探し始めた。
豊臣秀吉の事で頭がいっぱいになると、何時もの冷静な自分に戻れた。
(俺の勘違いだな…授業を無視して無駄話をしていた輩に苛立っていただけだ…うむ、そうだ)
本を探しながら冷静に自己分析をしていたその時、背中に何かが触れた。
振り向くとすぐそこに原田の顔があった。
「あっ…」
原田は小さく声を上げた。
「何をしている!?」
「ごめんなさい!」
慌てて踵を返し、部屋を飛び出した原田は顔は真っ赤で…泣きそうな顔をしていた。
「っ…何なんだ…いったい…」
気がつけば俺も部屋を飛び出していた。
(恥ずかしい…恥ずかしい…私…何やってるんだろう)
石田先生の背中を見ていた私は、何故か懐かしいと感じた。
気がつけば近くに寄り添うように、その背に触れていた。
私は気を落ちつかせるため、静かな図書館に逃げ込んだ。
「あれ?陽菜じゃん。どうしたんだ?」
珍しく島くんが図書館で佇んでいた。
「あっ…何でもなくて」
「泣いてるじゃん!何でもないわけないだろ!」
「原田…此処にいたか」
息を切らした石田先生が図書館に入ってきた。
島くんは私と石田先生を交互に見ながら、何だなんだと焦っている。
「何故俺から逃げた」
「何故って…先生は何故追いかけてきたんですか?」
「知らん!」
不機嫌な顔の石田先生に腕を掴まれた。
私は腕に感じる温もりを、何故か懐かしいと感じた。
(なんだろ?この感覚?)
「アンタは何時もそうだ…あの時も…あの時?って何時のことだ?」
不機嫌な顔をしていたと思えば赤くなったりと、何故か石田先生の様子もおかしい。
「アンタ、抱かせろ」
「えぇーっ!?」
思いっきりひっくり返った声を上げたが、石田先生は切羽詰まった顔をしている。
「アンタが傍にいると何故か心が乱れる。しかし一緒にいると、何か大切な事を思い出せる気がする」
「ちょっと待ってください」
「煩い!」
問答無用と言わんばかりに、石田先生は私を強く抱きしめた。
「「!?」」
石田先生の温もりを感じた瞬間、走馬灯のように頭の中に『記憶』が流れてきた。
「あっ…」
今とは違う風景の中に私はいた。
辛かったこと、楽しかったこと、悲しかったこと…そんな時に傍にいてくれた大切な人がいた。
その人を…その人のことを忘れてはいけないのに、どうして忘れてしまったのだろう。
「三成…様」
私の口から愛おしい人の名が溢れた。
「陽菜…」
愛おしい人が私の名を呼んだ。
「すまん…思い出すのが遅れた」
「三成様!三成様!」
私は愛おしい人にすがりつき、何度もその名を叫んだ。
「陽菜…もう離さん」
三成様が私を強く抱きしめる中、咳払いが聞こえた。
「お二人さん、やーっと思い出してくれた?」
声のする方を見れば、島くんがニヤニヤと笑っていた。
「左近?」
「左近くん?もしかして…先に思い出してたの?」
「俺一人でずーっとヤキモキしてたんだぜ。せっかく巡り会えたのに二人ともなかなか過去の事を思い出さねぇし。まぁ、良いけどな。とにかくめでたい!酒だ!祝い酒だ!今日は飲むぞー!」
気がつけば私達はたくさんの野次馬に取り囲まれていた。
その後ろで館長が「静かにしなさい!」と怒鳴っていたけど、皆は無視して大きな拍手で私達を祝福してくれた。
あれから数年が経った。
あの後三成様は図書館で『公開プロポーズ』した人と話題になった。
その話題が出るたび三成様は真っ赤な顔をして怒っていたけど、それも今では良い笑い話だ。
そして『図書館でプロポーズすると幸せになる』という噂が立った。
館長は「けしからん」と言いながら、今でもたくさんの学生の恋を見守り続けているらしい。
そして春の晴れた日、私は三成様の元に嫁ぐ事となった。
「綺麗だ…」
白無垢に身を包んだ私を見て、三成様がため息を零す。
「三成様もご立派です」
笑いかける直垂姿の三成様が私の手をそっと握った。
「生きていても、たとえ死んでしまっても、私はずっと貴方の傍にいます」
「あぁ…俺の心はアンタと共にある。もう離さない」
私達の想いは、長い時間を経て再び成就したのだった。
ー ෆ
アメブロからの再録となります
三成さまの巡り愛EDは信長さまに負けないくらい好きです
で、自分なりに感動を形にしたく、このSSを書いた…と記憶しております
そして三月三日は
三成さま🎂🥂𝐻𝑎𝑝𝑝𝑦 𝑏𝑖𝑟𝑡ℎ𝑑𝑎𝑦💐🧸