「なんかどうかある」祖母のお知らせ機能
我が母方の親族の中で【祖母が言うことは絶対】という暗黙の了解があって「ばーちゃんが行くなげなよ」と言えば根拠も理由もいらない、行けば怪我をして帰って来るから。
ある夏休み、母親がプールの監視をする午後から私も学校のプールに行くことになっていた日があった。
珍しく祖母から電話があって、何ひとつ言ってない私に聞いて来る。
「オマヤァ、学校のプール行くとか?」
「お母さんが昼からプールの係やかい、昼から行く」
「お兄ちゃんも行っちょいけ?」
「お兄ちゃんは友達と朝に行ったが。もうおらんじゃろ」
「おらんならいいがなァ。行ってお兄ちゃんがおったらよ、プールあがれちゆっみやん。どうもあがらなかんがねぇ…きっかしらんが」
「え?!今日お兄ちゃんプールいかんとね?」
「どうかじゃがねぇ…お兄ちゃんじゃねして一緒におる友達がどんげかじゃが。じゃけん聞くかしらんど、そんしが」
祖母が言うには兄と一緒にいる友達がプールで怪我をするようだが、その友達はプールからあがれと言って素直に聞くタイプじゃない、と言う。
もしお兄ちゃんがいれば言ってみるだけ言ってみろ、という祖母の忠告だった。
「わかった~お兄ちゃんたちがおったら言うが」
プールに行くと、兄たちはいた。
祖母に言われた通りに兄に伝えると、兄は友達にも伝えたが少々ガラの悪い彼は聞く耳を持たない。
友達の悪影響を受けていた兄も祖母の忠告を無視してその日、プールからあがりゃしねぇ。
仕方が無いので監視員の母に、祖母から電話があったことを伝え「お兄ちゃんプールからあがらんとよ」と言いつける。
「わかった気を付けて見ちょくわ。アンタもお兄ちゃんの近くにおんなんな、怪我すっかんしれんよ」
いつ怪我するかはわからないけど、怪我するっぽいので私はプールサイドで兄の友達を見ていた。
ほどなくして兄の友達が飛込みをして、彼はプールの底に沈み、浮きあがって来なかった。
頭から血を流しているのを母がタオルで止血して、兄の友達は救急車で運ばれて行った。
祖母から電話があったことで注意して彼を監視していたから母によって迅速に救出することが出来たが、祖母の忠告を無視した兄は「ばーちゃんが言うちょんの聞きゃぁせんかいじゃがアンタは。こげんなっとよ?のさんやろがね」とその場で母に怒られ、プールは緊急閉鎖となり、兄はシュンとして帰宅した。
プールの緊急閉鎖で早く家に帰ってきた私が電話で祖母に兄の友達の怪我を報告すると「まこて帰れば怪我どんせんでよかこっちゃったが~しょんがね~わ、ゆぅてんきかんでや」と、帰らなかったことは本人の選択なのでこの怪我は避けられなかったと言っていた。
兄の友達は頭を何針か縫いはしたが、しばらく被っていたアミアミのネットのせいで「メロン」というアダ名がついたくらいの軽傷で済んだ。
勿論、この出来事以降、兄は「のさんかれば守らんな」と言われたら祖母のダメだけは反抗期になっても、聞く耳を持って守るようになった。
何でもかんでも「いいよ~」と何をするにでも許す孫には甘々の祖母だったがたまに有無を言わさずダメと言うことがあった。
祖母のダメだけは、本当に本気でダメなのである。
「オマヤァ今日の花火は行きがならんでね」
「なんでや?!」
毎年、夏休みに祖母と見に行っていた花火をその年だけダメと言われて、私は駄々をこねた。
「ばーちゃんも一緒に行くからいいじゃろ~おねがーーーーーーい」
「ん~な、ばーちゃんも行きがならんと。ゾンタの後は我がえおらんな」
頑なに祖母はダメと言い、そのやりとりを見ていた叔母が言う。
「ばーちゃんが行きがならん、てゆーたらダメやいよ家におらんね。ビデオ借りちゃるが、お菓子も買うが…どら行こかね」
ホラービデオとお菓子で釣って叔母が花火を諦めさせたのだ。
その花火会場ではその年ちょっとしたボヤ騒ぎが起こっていた。
後日、職場でボヤのことを聞いた叔母が言う。
「ほぅら言わんこっちゃねぇがアンタ。行ったらでーじゃかったかん知れんとよ」
私は忘れた頃に必ず思い知るのである「ばーちゃんがダメと言ったらダメ」ということを。
小学校入学時、祖母が陶器の玉のようなお守りを私に渡してランドセルに付けるよう言ったことがある。
「ランドセルに引っ掛けるトコがあいがな、そこにこいをぶら下げっみやんな。ランドセルの横やいよ」
ランドセルの横にフックがあり上履きの袋を下げているが、ソレのことかと思い一緒にぶら下げた。
ある日、お守りがなくなっていたので祖母に電話を掛けてどこかに失くしてしまったと言うと、祖母は意外なことを言ってきた。
「あ~そいでよかとよ、アレはオマエの身代わりになっちょいはっじゃが、今日、家の近くでダンプと行き違っちょらせんね?オマエはホがねでよけ切らんかったど?あいがちんぐゎらなっちょいで見たっき、門から出てすぐじゃが。拾いがないけ?」
私は注意散漫にボ~と歩いててダンプを避け切れずに轢かれるトコだったけどお守りが身代わりとなり、門を出てすぐのところで粉々になっているから拾って来いと言う。
言われた通りに見に行くと、拾えないほど粉々になったお守りの根付の紐だけを発見した。
そんな不思議なコトが小1の時にあったのだと、中学生になってから叔母に話したら「あの家にアンタたちが住んでる時よ、しょっちゅうばーちゃんが『子供たちを見に行たっけ』て言ってね、行かされよったとよね。あの家はどうも好かんかったわ」と言う。
言われてみれば、母親も弟も病気やケガで入院したり、兄のケガやケンカが絶えなかったり、私がよく熱を出したりを繰り返していたのがその家に住んでいた2年間くらい。
叔母が週に2~3回はウチに居たのだが、それは祖母が「行ってこい」と言うので嫌々来ていたのらしい。
「ほんとに私は行くのがイヤなのに…仕事で疲れて帰っちょんのに『行ったっけ』て言うとよ、ばーちゃんが。そしたらアンタとお兄ちゃんがよ、ふたりだけで家に居てお父さんもお母さんも帰って来てない、て。残業やろねぇ忙しかったからあの頃は。ごはんも食べずに待ってるアンタたちを見てもぅ涙が出て来たわ。ばーちゃんが行かせた理由がコレか…て思ってね」
車で3~40分かかる距離なのに暇さえあれば叔母は来ていて、週末は叔母が迎えに来て祖母の家に泊まることが多かった。
何かはわからんがよからぬ事が起こりがちなので、祖母が度々、叔母を行かせて私たちの面倒を見るように言っていたらしい。
祖母の言うことは理由も聞かず絶対なんだけど、不思議なので私たちは祖母に聞くのである「なんでわかるのか、何があるのか」と。
「なんかどうかあっとよ、どげんかあいがねぇ…て、それだけよね」
「じゃかいよ。それ言うがね、説明できんげな?」
「できんふなじゃが」
私たちは「祖母のダメ」が出る度に祖母に聞いてみることは聞いてみるのだ「何でダメなのかがわかるのか」と。
しかし祖母の答えはいつも同じで「なんかどうかある」というすごく曖昧な返事。
言うなれば「虫の知らせ」や「風の便り」である。
虫の知らせも風の便りもちゃんとは説明はできないけど、なんとなく何かがあるのはわかるでしょ、ソレなのよねまさに。
「ヒー姉のは?できんとや?」
「ん~~~映像よねぇ…映像ん~~~映像…ちゅうか…ん~…できんね、なんかどげんかあっとよねぇ」
「オマエもか」
「アンタはよ?できるとや?」
「ん~…映像…ま…イメージ…ん~…あ、できんね。なんかどげんかあるねぇ~しか言えんね」
「じゃろがね?できんとよねぇ。じゃかいばーちゃんも言いなんな、てゆっきかしよいわけよねぇ。頭おかしい人になっかいね」
親族の中でダントツ変なコトを口走る祖母であったが、それは身内だけに言ってて叔母や私が「こんなコトがあるんだけどばーちゃん何かわかる?」と祖母に聞くと「オマエは変なことを言うでヨソでは言うなね」と釘を刺しまくった。
じつは祖母は結婚後に変なコトを口走りすぎて、夫の親戚に離縁するよう迫られた経験があるのだ。
祖父が一目惚れをして祖母の承諾も得ずに勝手に親に「結婚したい」と言い出し、親同士が結婚の話をまとめて祖母は知らない男に嫁いだ。
祖母には既に別の許嫁がいたし双方の親同士、結婚には反対したのだが、祖父が病的に祖母を愛してしまったらしく祖母以外とは結婚しないと言うので、親同士は渋々結婚を認めた。
「許嫁がいるのに勝手に結婚したいてじーちゃんバカじゃと?なんでばーちゃんに結婚したいかどうか聞かんとね?ばーちゃん結婚相手が知らん人でもいいと?」と聞くと祖母は言う。
「昔の結婚はそれが当たり前じゃとよ、親が決めた相手と結婚すっとよ、知らん人でも」
双方、親が決めた知らない相手と結婚するのが当たり前の時代にしては珍しく祖父母は恋愛結婚なのだ、祖父の一方的な恋愛感情しかないが。
祖母はストーカーと結婚し、母は父のストーカーで、私の配偶者はストーカー、親子三代に渡り結婚相手はどっちかがストーカーである。
ストーカーのほうが頭はおかしいと相場は決まっているのだが、祖母が変なコトを口走りすぎるので精神病院に入院させることになった。
夫の親族が「精神病の嫁とは別れさせる」と家族全員を呼び出し、なんと孫娘ふたりの目の前で夫婦に離縁を迫った。
私が産まれた時には他界してたので会ったことはないがドえらいファンキーな曾祖父母であったようだ、孫同席の上で両親を別れさせるなんて。
「じーちゃんの親戚たちも集まっててよ、ばーちゃんに『どうも気が触れちょるごたいかい今日限り別れてくれ』て言ったらね」
いつもヘラヘラして冗談ばかり言い、結婚後は両親になど絶対に歯向かわなかった父親が、ビシッとスーツでキめて後にも先にもこの時の一度だけ、強い口調で歯向かったそうである。
「おいにはクミが必要じゃかい絶対に離縁はせん!」
さすがストーカー、病的な愛し方に筋が通ってる。
「あの時の父ちゃんは唯一カッコよかったわ~」
さすがのちのストーカー、母がカッコイイと思った絶対に別れない姿は、母の結婚後の頑なに離婚を拒否する姿勢に現れていたように思う、結局は宗教洗脳をこじらせた母が家を出て熟年離婚が成立するのだが。
祖母は晩年「じさんと結婚して正解じゃった。好かれてるちゅうこつはありがてぇこっちゃ」と言っていた。
精神病患者にストーカーという正解の組み合わせがあったとはな。
「普通」とか「平凡」てなんだろうな、て思う。
「常識」とか「人として」てなんだろうな、て思う。
誰しもが「異常な部分」を持ってて、誰しもが「人として常識的であろう」ともがいてる、その途中経過をヤンヤヤンヤと責め立てたり叩いたりして委縮させて何の得が生まれるんだろな、と思うけどそれが世の中なのだろうな、と思う。
私も世の中の一員として途中経過を見ているし、ヤンヤヤンヤと責め立ててるつもりはなくても配慮に欠ける発言をしてその自覚が無くて失敗することがある。
その時に「話し合いをしよう」と持ち掛けるけど、相手が「話し合いをしたくない」と言えばもう話し合いにはならない。
「なんかどうかある」の着地点を間違えないのが祖母という教師であり、間違えるのが母という反面教師であり、その違いを見てきて私が思うのは「なんかどうかある」を正直に伝えて離れて行く人とは距離を置く以外に出来ることはない、てこと。
常に普通で平凡で人として常識があるひとなんて異常だよね、そんなにずっと「普通」を維持できる人なんてひとりも知らねぇもの、私は。
精神異常になってでもギリギリ常識を保って着地点を間違えなかった祖母はひとを信じて愛された人生を歩んだように見え、着地点を間違え続けている母はひとを疑いひとが離れて行きだからこそ宗教にのめり込むことになったのかとうとう精神を病んでもう誰の声にも耳を傾けない人生を歩んでいるように見える。
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