足音
私が住んでいるのは、3階建てアパートの2階。
かつ、真ん中の202号室だ。
家賃はそこそこ。そのため変な人(という表現が適してるかは不明だが)は、あまり見かけない。
お隣と、下の部屋に越してきた人は、引っ越しの挨拶をしてくれたくらいだ。今時珍しいと思う。
オートロックのため、住民共通の玄関が1つ。
廊下と階段も共有スペースとなり、それぞれの部屋のドアにつながっている。
202号室は上下左右、お隣さんと隣接しているため、家賃が低い。
だが、思っていたより、物音は気にならない。
もちろんベランダの窓をお互いに開けていれば、テレビの音や話し声は聞こえる。
だが大きい声で騒ぐ人もいないし、子どももいないので、気にならない生活音だ。
そんな私の部屋の上で、この1か月程、大きい音が響いている。
はじめは、引っ越しの準備で重いものを運んだり、おろしたりしているのだろうと思っていた。が、一向に音は止まない。
慣れてくると、音の正体は人の足音だと思うようになった。
踵から床をドンっ!と、踏みしめてるような…
とにかく、部屋の中を移動するには不自然な音。
歩くような年齢の子どもが急に増えた?
巨漢の人と同居が始まった?
私の声がうるさいアピール?
上の部屋の人とは面識がなく、性別も年代も何人で住んでいるのかも知らない。
夫は「うるさいよ!って天井叩いてみる?」と半分本気で訴えてきたが、聞こえないフリをした。
だってどうするの?めっちゃ怖くて粘着質な人だったら。
でも、やっぱり、音は気になる…。
近所のドラッグストアに化粧品を買いに行った帰り道。
新型コロナウイルス関連のデマで、トイレットペーパーの棚は空っぽだったな、パニックって怖いな、などと考えながらアパートの玄関へ向かう。
そこにリュックを背負った知らない男性が1人。ドアを開けるのに手こずっていた。
明らかにモタモタしている。
私の頭上に?マークが浮かびかけた時、男性の両脇に松葉杖が見えた。
足を見ると、片足が地面から浮いている。
なぁあんだ、そういうことか!
ドアを開けるのを手伝い「どうぞ」と声をかける。男性は申し訳なさそうな顔で「ありがとうございます」と応える。
中年の、どこにでもいる普通の男性。
男性を追い抜いて、自分の部屋に帰宅する。そしてしばらくして、いつものドン!という足音が、上の階から聞こえてきた。
今もドン!と音がしているけど、よっこいしょ、よっこいしょと、怪我した足をかばって、片足ケンケンしている男性の画が浮かぶ。
子どもでもなかった。巨漢でもなかった。私への嫌がらせ…でもなかった(と思いたい)。
足音は変わらない。
でも私の何かが変わった気がする。
上の部屋の人の足が、早く良くなることを祈っている。