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ひとひら
雨の日が好きだな、と思う。
年を追うごとに好きになっている。そのしずけさやおだやかさ、かすかな翳りが。
千紗が夢に出てきたよ、とときどき妹に言われる。きまってくるしいときで、夢で泣いてた、と伝えられる。ひとり思い悩んでいるとき、私は妹の夢に行って泣くらしくて、だれにも見せない涙をそこで泣くのだと思う。
雨の日、外を見ていると涙に見える。
だれかの涙を空が代わりに泣いているような気がする。
ほんとうにつらいとき、心がずたずたになったとき、泣くことができなかった。じょうずにものを思うことも、見ることもできなくて、ただただ消え入るように眠りにおちた。起きがけにひとつぶ、嗚咽もなく涙がこぼれた。
寒い冬の朝で窓ガラスに結露ができていた。ベランダの欄干には真っ白な霜。空気のなかには見えていないだけで、たくさんの水がある。ガラスを伝い、つう、としずくが流れる。
それもやっぱり、涙みたいだった。
たちこめる真っ白な空を見ながら帰途についたことがある。大事な友人と。
大切に思っていたけれど関係がこじれてしまって会うのはもうこれが最後かもしれないと思った。夜にむかう暗がりのなかでふたり、なんにも喋らなかった。
ひとひらでいいから雪が降ってほしい、と、ひとつぶだけこぼすように言っていた。
ずっと探していたけれど、ひとひらもふらなかった。
雪が舞いはじめると、ときどきそのことを思い出す。あの日こぼれなかったものが、ふってくる、と思う。流れなかった、凍えた涙がおちてくる。
ほんとうにくるしいとことばにすることができない。涙を流すこともできない。
でもそれは別のところで、ちゃんと流れてくれる気がする。
凍えた涙が花のようにひらいて、ひとひら、ひとひら空から舞い下りてくるとき、だれかの涙はこうして花になって土を潤すのだなと思う。
泣けないだれかの涙や、伝えられないことばがひとひら、ひとひらふってくる。だれかがそれをまなざしている。てのひらに受けている。