六月の花
姫沙羅という花がとても好きで、咲くのをずっと待っていた。
六月の初めころ、白くて小さな花をつける。
朝咲いて、夕方に散る一日花で、地面にもいくつも落花が咲いていた。
それよりすこし大きい夏椿も、とても好きで、そのやっぱり白い可憐な花を、この時期よく見にゆく。
雨のふる時期に咲くことを選んだその気持ちに、ふれようとしてもなかなか届かないまま、眺めている。
高校生のころ、ほんとうにつらいことがあると、よく目をとじていた。
お布団に入って暗がりのなかで目をとじていると、まぶたのうらにいろんなものが映った。
いちど、雪がふったことがある。暗い空のなか、音もなく遠くまでふりつづく白い雪が見えて、ずっとそのまま見ていた。
そのしずけさと、はるけさを、いまも忘れられないでいる。私を救けるものだった。
あのときまぶたのうらにふった雪のように、姫沙羅の花も散るのだろうか。
見たことのない花の落ちる時間を思って、まどろむように日々を泳いでいる。
六月。声を出すことができない日があって、視界がかすんでしまう日があって、シーツのうえに横になって、目をとじた。
暗がりのなか、いくつもいくつも白い花のふってくるのを思う。
まどろみはじめたころ、まぶたのうらにちいさな明かりがともって、いくつもいくつもゆれていた。
水面の光だと気づく。かすかに波だちながら、きらきらする白い光が見える。海だった。音もなくゆれるさざ波が遠くまで広がる。おだやかな、光の海。
しずかで、きれいで、そのはるけさに、ぜんぶを忘れて、そのまま夢にとぷん、と落ちた。
海は、とてもやさしかった。私を救うものだった。
傘をさして姫沙羅と夏椿を見にゆく。
白い花がともっている。そこだけぼんやり光って見える。暗がりのなかの白い光。そうして咲くことがだれかを救けることもある。
声も涙も出ないまま白い花びらを見つめている。
まなうらの雪。まなうらの海。雨のなかの花。
だれかを守るやさしい流れは、自分のなかにもそとにもある。
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