日々のできごと 2月
日記のようなもの、またするのです。
2月某日
水辺に行った。
だれもいなかった。水鳥たちがたくさんいた。風が強かった。
光と風だけで枯草が美しくなる。
こういうことって忘れてしまうんだろうか。
2月某日
文章を味わいすぎるあまり何について書かれていたか忘れてしまって前にもどって読み返しておなじことくり返して結局中身が入ってこない選手権第1位(私の中で)の堀江さんの本が最近ふつうに読めるようになってきた。前進か後退か。
2月某日
私の書くものを長年ずっと見てもらっていた文章の師匠からひさしぶりに連絡があった。
ご家族の状態が思わしくないうえに自身も体調不良で長期療養中と聞いていたので、負担にならないようこちらからは連絡をしていなかった。生きていてよかった。でもご家族は亡くなっていた。
お体は大丈夫なんですか、ときいたら、なんとか、とだけ言っていた。それ以上言わなかった。早口さが消えていた。私の書いたもののことなど正直どうだってよかったけれど、前置きなく文章の話になった。
「ちなみにあの箇所はなんでああいうこと書いたのか、自分ではどう思っているんですか。」
以前からずっとそうであったように高圧的な質問を斜め上から鋭角で突き刺してくる。私は口ごもる。答えられないで黙りこむ。むこうも喋らない。電話なのに一分以上沈黙が続く。いままでは先方の気の短さもあって沈黙を割るのはむこうが多かった。でも今回は、ぜんぜんことばがなかった。
じょうずに説明ができない、ということを、おそるおそる切りだしたら、うん、といってべつに怒らなかった。そしてなおも待っていた。でも私はなにも言えなかった。ながい沈黙のあとで、
自分のことばで説明ができるようになるといいんですが。
と、しずかな声で言うのが聞こえた。
昔のあの人だったら、こういうこと言わなかった。
ふり絞って最期に残す、ため息のようなことば。
2月某日
宇宙飛行士、野口さんのツイッターを見ている。
あたりまえだけど宇宙から見たら県境も国境もない。
2月26日
noteをはじめて4か月になります。
コメントのやりとりで、ある人に言ってもらった「千紗さんの文は、読む note ではなく、"感じる note" だ」という言葉を、なんども思い返しては心に刻んでいます。
自分にできることはなんだろう、とよく考えます。
私は美しいものを書くことは難しくて、どちらかというと泥臭く土の匂いのするようなものを書いています。都会的で洗練されたものに憧れるけれど、自分に流れているのは百姓の血だからか、地を這うようなものから遠ざかれない。
しめった土。根っこの香り。陽ざしをあびて芽吹く草。かすんで見える山。せせらぎの、空気にとける音。消えてゆく夕焼け雲。そういうものにふれるときみたいに、情報を受けて頭で思考するのとはちがう場所で、見えない部分にしんしんと沁みこんでゆくような、意識しづらいところで感受するようなものを伝えてゆくことはできるのだろうか。ずっと自分に問うています。
ときどきことばを発することが怖くなるときもあるけれど、「漕ぐ」と決めて自分でそうすると言ったのだから頑張ろうと思っています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
ー 今月のありがとうの気持ち ー
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