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ゲルハルト・リヒター展(感想)_理解が困難な抽象絵画
東京国立近代美術館にて2022年6月7日から開催されていた『ゲルハルト・リヒター展』へ行ってきたので、いくつか心に残った作品についての感想などを。
リヒターの作品を美術館で鑑賞するのは、3度目だけれども私が過去に観てきた展示作品と比較して暗いトーンの作品が多い印象だった。
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入口を入ってすぐに展示されていた作品。左右へ走るように塗られた藍色と黄色の上へ、ところどころ塗り込められた赤が印象的な抽象画。
藍と黄は調和しているのだが、濃い色の赤が緊張感を感じさせる。上下左右に動きのある力強い筆跡からは、どことなくみなぎるパワーや疾走感も感じられる。
ずっと眺めていても時間だけが過ぎていくような理解困難な作品だけれども、こういうものだと思って眺めてみると、画面全体の調和は取れているせいか飽きない。
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似たようなトーンで描かれた抽象絵画が4点のシリーズになって展示されていた作品。かなり粗いがジェノサイドの様子が写された白黒写真も横に添えられており、アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りしたものらしく、政治的なメッセージを含んでいる。
そのような知識があったうえで鑑賞すると、力強く塗り込められた黒と白の筆跡は暴力的な印象で、下の層から浮き出るように表出する赤は血を連想させる。負の感情を浴びているようで、長時間鑑賞するにはあまり気分の良いものではないが、心を揺さぶられるのは確か。
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女性が赤ん坊を慈しむように抱っこしている写真の右側には、こんもりと油彩がのせられている。
リヒター自身の奥さんと子供だろうか。奥の方にもリヒターの作品と思われる抽象絵画が見えるからどこかの展覧会での写真かもしれない。
油彩の赤黒いインパクトの影響が大きいせいで、なにやら不穏な印象を受ける。母親が子供を守っているかのようにも見えるが、白、赤、黒で配色された画面内の色のバランスは美しい。
作品サイズが左右20cmにも満たないほどで、小さいのが残念。
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光沢のある塗料で塗られた正方形が、数mにわたって敷き詰められている似たような作品が、広めの室内の壁の2面にいくつも展示されていた。
どの作品も色の並び方は異なっているものの、使用されている色の種類と正方形の数とサイズが共通のせいか、どれも同じ作品の印象に受ける。そのためそれぞれが異なる配色の作品であるのに均質化している。
正方形のセルが均等に並ぶ様子は、画像編集アプリで写真の拡大画像を見ているようでもあるが、遠くから離れてみても特に見え方に変化はない。
他の作品が暗めなイメージなのに対して、この作品から受ける印象は彩度が明るいせいかやたらとポジティブだった。
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一見すると写真のようだが、雑誌写真をもとにした絵画作品。写真のピントが合わないときのボケを絵画で表現しているから写真のような印象を受ける。
雑誌の写真ということは、恐らく何らかの広告写真と思われ、広告写真というのは何らかの商品を広く世間に認知させるために目的を持って撮られている。しかしこの作品には元の写真に付随していたであろう文字情報が取り払われているため、元写真が何を認知させる写真だったのか判然としない。
ただ不自然なほど楽しげな表情の男女がボートにのっているだけの絵になってしまっていて、どこか空虚な印象。
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10~20代と思われる女性が顔をうつむき加減にしており、写真のボケのような効果のせいで表情を判別しにくいけれども、少しだけ左の口角が上がっていて微笑んでいるようにも見える。
沈んだ色合いなのだが肌の色合いと服の色のバランスは美しく、ブレのせいでわずかな動きも感じられる。
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日本での本格的なリヒター展の開催は16年振りとのこと。
私の場合「金沢21世紀美術館」と「川村記念美術館」で開催されていたのを観に行った記憶があり、これが3度目にして久しぶりのリヒター展だったわけだが、「理解不能だけども、なぜか惹きつけられる」という感想は毎度同じ。
抽象的な絵画が多いせいで、鑑賞者の気分や記憶によって捉え方に幅が生まれるのは魅力としてある。あとは、評価が高いから”理解してみたい”という思いからつい観に行ってしまうという気持ちもあるが、やっぱり理解困難な作品が多い。
しかし、2017年に日本語訳版が出版された評伝(P304)にはこうあった。
アブストラクト・ペインティングについての1981年のメモにはこう書かれている。「絵画とは、曖昧で理解不可能なものに対して一つの類似性をつくることによって、それに形を与え、扱えるようにすることである。だから、よい絵は理解不能である。理解できないものをつくれば、くだらないものをつくらなくて済む。というのは、くだらないものはつねに理解可能だから」。
作成した本人が理解不能な絵がよいと言うのだから、鑑賞者も理解しがたいのはやむを得ない。
ざっと評伝に目を通して、リヒター自身が何をもって「よい絵」と考えているのかについては書かれていないように思えたのは残念だったが。
アブストラクト・ペインティングなどはモチーフが判別しないため、特に理解しがたいのだけど、写真を絵画に置換する際にも画面をブレさせることで、表情やしぐさなどの詳細な情報が意図的に曖昧にされている。だから鑑賞者が想像して補完しないと作品を咀嚼することが難しいのだけど、リヒターの狙いは恐らくそこにあるのではと考える。
そういう鑑賞者に考える余地を残した絵画こそ、当時は先進的な絵画表現だったのかもしれない。
だからリヒターが描き始めた頃は、伝統的な絵画へのアンチテーゼという意味合いもあったのかもしれないが、これだけ世間的に評価されてしまうと、もはやそういうのはもう無いのだろうが。