保護犬リリィ日記
1)保護犬リリィがやってきた!
真夜中の訪問者
私の家に保護犬リリィがやってきたのはなんと非常識にも午前1時30分だった。
以前飼っていた愛犬スパイクを亡くし、悲しみの日々にくれていた私は、息子や夫にも相談し、初めて保護犬を引き取ることにした。息子は遠い大学へ、夫も海外勤務と、家族バラバラの生活の中、私は愛犬と共にこの家を守り、みんなが帰ってくるのを待っていた。しかしみんなが戻るのを待たずに愛犬は突然虹の橋を渡ってしまった。ときはコロナが猛威をふるい人々との交流が遮断され、たった一人家族のようにともに過ごしてきた愛犬を亡くした悲しみは想像以上だったのだ。
保護を決めたリリィはスペインにある保護犬施設から長距離バスに乗り、まる1日かけてロンドンの我が家までやってきた。「スパニッシュ・ストレイ・ドッグスUK」略してSSDUKという名前のこの保護団体では、2ー3ヶ月に1回何匹か契約がまとまった段階で、施設があるスペインからイギリスまで希望者に犬を運んでいた。今回はリリィを含めて5匹の保護犬が同じバスに乗ってイギリス各地を回ってやってくることになっていたのだ。
SSDUKからは、事前に「出発翌日の午前11時に到着する予定です」と伝えられており、その心づもりでリリィの到着を楽しみに待っていた。保護犬の受け入れ準備についてもメールで詳しい情報が送られ、そこには「犬たちは長旅のストレスで疲れています。到着当初のごはんはプロテインが豊富な鶏肉などと一緒に消化にいいものを与えてください。そして到着後すぐに、一緒に散歩をしてあげてください」などと綴られていた。
さらに特記事項として、到着当日からとりあえず30分でもいいから家を出て、犬が一人きりで過ごすことに少しづつ慣れさせてください、ということが注意点と共に書き加えられていた。
その理由は「Separation anxiety」(分離不安症)を避けるためだった。保護犬は、心に何らかの傷を負っていることが多く、とても敏感な性格の子が多い。なので、あまりにもべったりしすぎるのは犬のためにも良いことではなく、訓練をして一人で過ごせるようにしていくことが大事なのだということだった。
分離不安は、犬が愛着を持っている保護者から離れることで動揺してしまうことが引き金となって起こる。その結果、排泄の失敗、吠え続ける、逃亡、家具の破壊行為等につながることがある。
「なるほど~。やっぱり保護犬を迎えるということは、思っていた以上にいろいろとやることがあるんだ。頑張らないと!」
初めて保護犬を受け入れる側としては、これらの説明や注意点はとても参考になった。
そしてさまざまな情報を読んでいるうちに、もっと犬の性質を知りたいという欲求さえ高まってきた。
「もしかして、ドッグビヘイビアの勉強をしたり、チャリティ団体でボランティアとして働いたら、もっと保護犬のことがわかるかしら」
そう思いながら、とりあえずはこれらの注意点に沿って、ごはんの用意はもちろんトリートやおもちゃなどを買い揃えたり、リリィを受け入れるにあたり間違いがないよう万全を期して準備を進めていた。
「本日、Breta、Milo、 Indo、 Tobi そして Jaraが出発です!」
リリィが出発する日、フェイスブックのSSDUKグループページにこう投稿された。元々リリィはJaraというスペイン名だった。担当者に名前を変えても大丈夫か確認をすると「もちろん大丈夫」と言う返事だったのでリリィに変更したのだった。
「いよいよ今日リリィはスペイン出発ね。ようやく明日の朝に会えるんだー」
心待ちにしていた出発当日の夕方、突然バスのドライバーから「予定より早く、今日中に着くことになります」とメッセージが携帯に届いた。
遅くなることは予測していたが、早く到着するとは全く予測していなかった私は驚いて
「メッセージありがとうございます。何時くらいに着く予定ですか?」と、返事を送ると
「夜の10時ごろになります」とメッセージが戻ってきた。
翌日の朝に迎えるつもりだったので、すでに準備は万端だ。しかし夜に迎えるとなると散歩に行く時間など気になる。「まあでも、夜の10時くらいなら、まだ大丈夫かもしれない」と思い
「わかりました」と返事をした。
そのあと、夜の10時少し前にまたドライバーから連絡が入った。今度は電話での連絡で、少し訝った。そしてその嫌な予感はあたり、
「今、グロスターシャーにいるので、ロンドンに着くのは夜中の1時くらいになるからよろしく」と言われてしまったのだ。
「え、1時???? そんなに遅く?」
「そう。よろしく」
「もう少し早くなりませんか?」
「頑張りますが、難しいと思います」
「 では…。翌日の11時に来てもらえませんか?」
「は?」
「SSDUKから翌朝の11時に来ると伝えられていて、そんな夜中に来るとは聞いてなかったので」
するとドライバーから「それは困ったなあ」という言葉が漏れた後、一方的に電話が切られた。
その直後、SSDUKの担当者からフォローの電話があり、
「申し訳ないけど、ドライバーが来る時間に迎えてください。何か問題でも? 私に何かできることはありますか?」と言われてしまった。
「……そうか!」
結局、ドライバーは単純に、さっさと届けて早く帰りたかったのだ、ということに電話を切った後で気がついた。スペインからイギリスに来る途中、フランスを通過してドーバー海峡を渡るためにフェリーに乗る。ちょうどうまく一本早いフェリーに乗り込むことができれば予定が早まるし、一泊する必要がない。必要なければ長居をする必要はない。まあ、当然のことなのだが。そして「翌朝にしろ」などと注文をつける人は今まで一人もいなかったのだろう。
しかし 。こちらとしては、夜中の午前1時に来るのはまったくの予想外で、SSDUKからの指示をきっちりこなせないことに躊躇いがあった。「散歩は?」「家を空けないといけない?」それならば、元々翌日の朝11時に届けてもらう約束なのだから、当然ドライバーもその用意をしてきているはずで問題はないだろうと軽く考えていた。が、それは甘かった。
SSDUKの担当者から連絡が来た時「夜中の1時では外に散歩とかできませんけど、大丈夫ですか」と暗に「あなたの指示通りできませんよ?」と、嫌味を込めてこう伝えると、彼女はあっさりと「そうね、しょうがないから翌朝にたっぷりしてあげてね」と笑いながら言った。そしてさらに「何かあったらまたいつでも連絡して」と付け加えて電話は切られた。
しかし、よく考えれば、必要もないのにそのままバスの中で一晩過ごさせるのは犬にとってもっとひどいことだった。今回私は保護犬を初めて受け入れること、まだ会ったこともない犬を迎えるにあたり、できるだけ万全の形で迎えてあげたくて、それができないことに少し気が動転していたのかもしれない。
「まあ、そんなに言われたことを几帳面にやらなくてもなんとかなるんだよね」
気を取り直してリリィを真夜中に受け入れることにした私は、何年海外にいても日本人なんだなあ、と思わず苦笑いをしてしまった。「言われたことはきちんと最後までやる」この考え方が染み付いているのだ。
確かに小学校の頃は、クラスで一人だけ違う意見を述べることは嫌がられ、何も考えずに先生の指示通りに間違いなく行うようにと学校で教育を受けたような気がする。翻って、イギリスの学校では「個性」を大切にするし、意見交換する「ディベート」は学校教育の中でも重要なものだ。自身の意見を堂々と言うことは褒められはしろ、否定されるものではない。たとえそれが間違っていたとしても。
それは息子の行動からも見てとれる。セカンダリーと呼ばれる中学生からは、自己の責任を持たせる教育が始まる。その一環として学校の行事予定は親ではなく本人に伝えられるようになるので、わからないことは学校ではなく彼本人に聞く。もちろん堂々と返事をしてくれるようになったが、それを信じて行動すると、後で「えー、話が違うじゃん」ということがよく起こった。
「あの時、こう答えたけど、実は知らなかったんじゃないの?」と聞くと
「あの時はそう思ったんだ」と悪びれず答える。さすがにその後は息子の返事を鵜呑みにせずに、何度も学校にも確かめるようになったが。
イギリスでは「自分の意見」を伝えることが大切で、それが実際に答えに一致するかどうかはあまり問題ではない。たとえば、歩いていて道を聞くと堂々と違う方向を教えられることがよくある。それはわざとではなく「自分の意見」を伝えるのだ。なので、道を聞く場合は2-3人に確かめることが重要だったりする。もちろん私も、何度もこれに騙されたことがあったからだ。
臨機応変 。突然の理不尽なアクシデントが多いイギリスでは、アクシデントがあった場合つねに現場での柔軟な対応が求められる。まさに「現場力」だ。例えば、突然の交通事情の変更で会社に遅れたり、プロジェクトに急に参加できなくなると、抜けた人を埋めるために現場にいる人たちが力を合わせて対応し、抜けた人を責めるのではなくアクシデントを受け入れる。しかし「予定通りの行動」を望む日本では少し体が動かなくても休むことを許されない、他の人に迷惑をかける、という同調圧力を感じ、万が一プロジェクトに穴をあけて翌日会社に行けば冷たい雰囲気を感じるだろう。コンセンサスはもちろんあった方がいいが、無理な場合は現場力を発揮する。それは「諦め」を受け入れる、ということでもあるのだが、思いもよらないアクシデントで苦労させられることが多いイギリスではいろんな意味で「寛容さ」が大切になってくる。そしてその「諦め」を受け入れた結果、新たなアイデアを生み、思いがけずうまくいったりするものだ。
しかし、それにしてもこの夜中の1時のお迎えというのは、かなり予想外だった。犬を飼うのは今回が初めてではない。「お腹がすいたー」と毎朝7時ごろに起こされ、昼間は通常の仕事に加え、長い散歩や犬のお世話ですっかりくたくたになり、夜の11時ごろにはまぶたがくっつき、ベッドに呼ばれてそのままぐっすり就寝という、犬によって強制的に強いられた規則正しい生活がすっかり体がなじんでいた。そのため、今や夜中の1時30分まで起きているということはかなり苦痛になっていて、何かあった時に脳が適切な判断ができるか不安でもあった。しかしすでに気分は「大丈夫かな」から「なんとかなるよね」に変わり、そして「なんとでもなーれ」と半ばやけのように気持ちが振り切ってしまっていた。
「うー、眠いなあ…。今はどのへんを走っているのかな。リリィも疲れて眠ってるんじゃないのかなあ」夜中の12時を過ぎたあたりから、待ち疲れで独り言が増えてきた。ファッション誌のライターや翻訳の仕事をしている私は、パソコンに向かいながら、ちょうど翌日にやろうと思っていた次のコレクションのデザイナーのリサーチをしたり、ショーチケット依頼のメールを送りながら待っていたが、ほとんど画面をぼーっと見ているような状態でもあった。そこで突然ドアベルがなり思わず飛び上がった。
「来た!」
やっと来たかー。どうしよう、なんてあいさつしよう、英語通じるかな、スペインから来てるしな…などと考えながらドキドキしてドアを開けると、そこには坊主頭の屈強な男が一人「ニッ」と笑ってリリィを抱えて立っていた。そしてこの男に抱かれていたのは、予想とは違った小さな身体の犬。
「え、これ…、リリィ…?」
その姿は一瞬まるで怖がっている女児のようにも見えた。そして彼は持っていた送り先の名前と住所が書かれた紙を私の顔に突きつけ
「どうも。あなた、この名前の人?」と聞いてきた。
「はい」と答えると
その男は「ここにサインして」とぶっきら棒に言った。言われた通りにサインをすると満足そうに紙をポケットに戻し、
「じゃ、これ」と言って今度は唐突にリリィを押し付けてきた。
「え?」
「写真撮るから」
パシャリ。
物的証拠として私に抱えられたリリィの写真を撮ると、さらに持っていた書類のファイルを丸ごとドサッと私に手渡し
「ほな、さいなら」
とドアを閉めて去っていった。
ポカーン。
その間、5分。
引き渡し完了、である。
ええ~!! こ、これだけ? もう終わり???
閉められたドア越しに響く車の発進音を呆然と聞きながら、ハッと我に返り抱きかかえたリリィの顔を覗くと疲れているのか少し興奮気味に「ハッ、ハッ」と息を荒くしながら舌を出して私をじっと見ている。そんなリリィを見ながら
「なんと…。本当にデリバリーだけだったんだね」と、思わず呟いてしまった。実は運転手とチャリティ団体のスタッフが一緒に犬たちを連れてくるかしら、と淡い期待も頭の片隅にあったのだが、そんな期待は素晴らしくも見事に打ち砕かれた。まあ、確かにそんな丁寧なことはやっていられないのだろう。何事もまさにシンプルだ。
「やー…、ハロー。初めまして。よく来たね。長旅疲れたよね…」
混乱する頭で、私はとりあえず独り言のようにのろのろと話しかけてからリリィをリビングルームのソファに下ろした。
リリィの犬種はブリタニー。フランスのブルターニュ地方原産の猟犬で、もともとはブリタニー・スパニエルとして登録され、数あるスパニエル種のなかでも最古の犬種とされてきた。しかしセッターのようなポインティング、スパニエルのようなレトリービングなど多くの才能を併せ持つため、1982年にスパニエルとしての分類をやめて、アメリカンケネルクラブの正式名称がブリタニーに変更された。今ではセッターやポインターファミリーと言われている。
そんなリリィを実際に目の前に迎えてみると、写真やビデオで見た印象よりもとても小さかった。手足が長く、首も少し長い。そして顔が小さいのでカメラを通すと大きく見えたのかもしれない。とても不思議な感じがした。中型犬と表示されていたが、小型にとても近かった。
口を大きく開けて少し笑ったように見えるリリィは、少しビクビクしながらも、全く吠えることなくとても大人しく私がやることに従っているようだった。
私もようやく気を取り直してソファに座るリリィをパチリ、と1枚記念写真を撮った。
「ようこそ我が家へ!」
リビングルームに用意したベッドとクレート。とくにチャリティ団体から指定はなかったが、彼女にはどちらでも落ち着く方を使ってもらえれば、と思い両方を用意した。以前飼っていたスパイクはいつもリビングに置いたベッドでのびのびと寝ていた。しかし、犬によってはクレートの方が落ち着くと聞いていたのだ。保護犬の場合は特に。イギリスでは人と動物の寝る場所を分けるためにキッチンに犬のベッドを置いて寝かせる人が多い。リビングルームはカーペットを敷いている家が多く、キッチンの床はアクシデントなどで汚れても掃除がしやすいからだ。しかし、子犬の時から飼っていたスパイクは、トイレトレーニングもあまりしなくていいほどに、家の中や自分のベッドはきれい好きで、アクシデントをすることもなかった。なので、私は寝る前はリビングで一緒にスパイクとテレビを見たりすることが多く、スパイクはいつも私の近くで、私の声、私の匂い、私の音を感じながら安心して寝ていた。この経験則に従っておそらくリリィもリビングの方が落ち着くかもしれないと考えたのだ。
寒いのでベッドはヒーターの前に置き、少し離れて置いたクレートの中にもふかふかの毛布を敷いて、ハウスのように落ち着いてもらえるようにした。施設の担当者からは、リリィはずっとコンクリートの床に寝かされていたようだ、と聞いていたから、柔らかいベッドはきっと気持ちいいだろう、と思ったのだ。 そう、チャリティ団体からはリリィはずっと床で寝ていた、と聞いていたのに! なんとも愚かな話である。今まで床で寝ていたのだから、到着初日くらい床で寝た方が落ち着くに決まっているではないか。しかし、そのときはまったくそんなことを思いもつかず、”自分なりの経験や感想”をリリィに最初から押し付けてしまっていた。そんなのは時間をかけて少しづつ慣れさせればいいことなのに。まさに反省案件。この反省案件が、これからどれほど増えるのだろうか。
「リリィちゃんは、どっちが好きかな?」
ソファに座り、ベッドとクレートのどちらを選ぶのかワクワクしながら様子をみていた。
「うーん、夜中だというのに、よく動くねえ…。眠くないのかしら」
こうつぶやきながら彼女の動向を見ていたが、興奮状態のまま部屋中をウロウロ歩き回ってどうも一向にどちらにも落ち着く様子がない。
「……まずは様子を見よう」
消極的な案だが正直他にいい案がまったく思いつかなかったのだ。夜中ということもあり、一応庭に出しておしっこをさせてから、部屋全体を見渡せるカメラをリビングに設置し、リリィをそこに放置することにした。普通の犬ならばあきらめて落ち着く場所に寝るところだが、長旅の疲れと全く環境の違う場所で、かなり不安になっているのかもしれない。少しトリートをあげてから2階の寝室に上がろうとすると、後ろを追って一緒に2階に上ろうとするリリィに
「おやすみ。ベッドもクレートも用意したから好きな方を選んでゆっくり休んで。明日の朝には散歩に行こうね」と頭を撫でながら言って、リビングルームに押し留めた。
カメラを通してリリィが部屋の中をウロウロと行ったり来たり歩き回ったり、窓から外を眺めたりしているのがわかる。
「かわいそうに。いきなりこんな訳わからないところに連れてこられてストレスだよね。誰もいないから安心して好きな方を選んで寝て…」と思いながら寝床についた。しかし、下階のリビングからはリリィがドタバタとあっちこっち動いている音が夜中を通してずっと聞こえていた。
翌朝 。
ベッドから飛び起きて一階に降りてみると意外とリリィがいるリビングは静かだった。
「諦めて寝てくれたかな」早速リリィがどうしているか様子を見に行きドアを開けると、私の足音が聞こえたのか伏せの姿勢できちんと迎えてくれた。さすがかしこい! やっぱり元猟犬だけあってきちんと躾けられてる! しかし……。その顔は少し疲れているようにも見えた。
「もしかして一晩中ほぼ一睡もしていないのか…?」
そして部屋を見渡すとおしっこやうんちが床のあちこちに残されていた。
「あー、やっぱり……」
ストレスやマーキングのため、知らない場所に来ると排泄する犬は少なくない。
「明日からは子犬用の排泄シートを置かないとダメだなあ…」
その時、ふと気付いてしまった。
「ん? 尻尾がない???」
びっくりしてお尻を何度も見てしまった。が、お尻がつるんと丸くて、尻尾がないのだ。しかも尻尾がない分、お尻をふりふりするところがとてつもなく……可愛い~!!!
『Daily Paws』によると、リリィの犬種であるブリタニーは、犬種が開発された当初、自然にドッキング(断尾)された尾を持っていた数少ない犬の1つなのだという。その多くがハーフテールか全く尾のない状態で生まれてきた。と、あるが、確かにお尻の部分を探ってみても、リリィには全く尻尾のような突起物がない。
その理由として考えられるのが、ブリタニーはガンドッグ(猟犬)として開発されたことだ。ガンドッグは、生まれてすぐに断尾を施術することが多く、生まれながらに短尾もいるのだということが後で調べてわかった。断尾は伝統的なもので、猟犬という性質のため、ふさふさの尻尾があると森の中を走り回った際に尻尾を怪我することも多く、危険だと判断されていたためらしい。一般的には全く尻尾をなくしてしまうか、あっても10センチほどに短尾することが猟犬のルールとしているようだ。現代のイギリスではその断尾のルールも法律で禁止されているが、リリィが保護されたスペインや他のヨーロッパの国々ではまだ禁止されていないのかもしれない。
しかし、そんなことも知らなかった私は尻尾がないことに心底驚いて(そもそも断尾という言葉をこの時に知った)、早速メールで保護施設に経緯を聞くことにしたのだ。
保護施設から返事を待ちつつ、床をきれいに掃除するところから始まったリリィとの生活。トイレトレーニングはされていると聞いていたが、やはり最初は難しいのかもしれない。
ともあれ今日は記念すべきお迎え初日!
「まずは朝ご飯を食べよう」とキッチンに連れてきて、保護施設の指示通りドライドッグフードに白米と茹でたチキンを混ぜた朝ごはんをあげることにした。
「はい、どうぞ!」
しかし、リリィは遠慮がちに匂いを嗅ぐと少しだけチキンをつまみ、逃げるようにリビングに戻ってしまった。
「え? それだけ?」
以前飼っていた犬とは全く違う! 食いしん坊のビーグル犬、スパイクにあまりにも慣れていた私は、単純に犬はごはんを出されたら速攻でバクバクと食いつくものと思っていた。しかしリリィは違ったのだ。
「これはスパイクと違ってかなり繊細かも…」
リビングに戻ってみると、リリィは床に寝て休息していた。ベッドにもクレートにも見向きもせずに。
こうして保護犬リリィとの生活は、保護犬との付き合い方を学ぶとともに、今まで私が知らなかったイギリスの犬事情と人々の犬との付き合い方をより深く知ることになっていく。
2)保護犬探しと出会い
英国にペットショップは存在しない
「モーニング!」
「ハロー、元気?」
まだまだコロナ禍の制限が続くなか、散歩で出会う犬連れの人々との挨拶は遠くから距離を取って、が基本だ。イギリスでは屋外でマスクはしなくてもよく、ジョギングなどの屋外スポーツは推奨されていた。
世間はリモートワークに慣れ、道路は車にとって変わって自転車やジョギングをする人々が増えていった。交通機関やスーパー、屋内ではマスクをすることが強制され、それもやがて普通のことになっていた。その反面人々はコロナ禍による非日常の常態化に疲弊を感じ、期限なき行動制限にうんざりする気分が蔓延していた。そして国会前には毎日のように行動制限に反対するデモグループが声を上げていた。そんな時ニュース番組でキャスターが「コロナ禍でペットを飼う人が増えました」と伝えているのを「へー。そうなんだ」とのんきに聞いていた。
21年3月のBBCニュースでは、ペットフードマニュファクチャーズ・アソシエーションによるとコロナ禍が始まってからペットを購入した世帯は320万に達した、と伝えていた。これにより、イギリス全土で1700万世帯がペットを飼っていることになるのだと言う。これはかなりの数である。
https://www.bbc.co.uk/news/business-56362987
例年、イギリスでは犬を飼う人が増える時期はクリスマス後と相場は決まっていた。ちょうどクリスマス明けに以前飼っていたスパイクといつものように公園で散歩していると子犬を連れた親子の姿がどっと増える。
「あー、クリスマスのプレゼントで子犬を買ってもらったんだなー」とすぐわかってしまうのだ。実際、イギリスの子供たちは犬好きが多く、スパイクを連れて歩いていると「わー、かわいい~!触ってもいいですかー」と駆け寄ってくる。そして話を聞くと犬を飼いたいと話す子が多い。イギリス人の犬好きDNAは、小さな子供たちにもしっかり受け継がれているようだ。
子供たちに子犬をプレゼントするとき、多くの人はイギリス各地にいるケネルクラブ承認のブリーダーから購入する。イギリスには日本のような小さな檻に入れて動物売買をするペットショップは存在しない。随分前に法律で禁止されてしまったのだ。イギリスでペットショップといえば、ペット用品を売る店で、ペットそのものを買う場所ではない。なので、子犬を飼うときは、少し遠出をする必要がある。各地にいるブリーダーに対しても動物たちの育成環境などをきちんとチェックしており、違法ペット売買、及び輸出入業者は厳しく罰せられる。
そんなある日、久しぶりに友人とカフェで会っていたとき、友人がこう聞いてきた。
「保護犬を引き取るときはお金を払うの?」
「もちろんよ。どうして?」
と、聞くと「実はね、私の知り合いの話なんだけど」と、こう話を切り出した。
彼女の友人は、子犬を子供にプレゼントしたが、それはブリーダーから子犬を引き取り、成犬になって繁殖犬としてブリーダー業者に戻す約束で”預かった”ものだというのだ。要するに成犬になるまでの間だけ面倒をみることになる。その場合はお金は発生しない。
「私は、モラル的に問題があると思うけどね」と彼女は付け加える。しかし預かる人は無料で子犬を子供に”クリスマスプレゼント”として渡すこともできるとして、ドライな感覚の人たちの間ではこのシステムが密かに人気になっていると言うのだ。子犬を買う場合、犬種にもよるが1000ポンドは軽くかかるし、15年は覚悟を決めて面倒を見なければいけない。残念ながら子犬をひとときのプレゼントとして考える人たちはどこにでもいる。
コロナ禍のあいだ、ペットの人気が高まり子犬の奪い合いになっていった。そのため値段を不当に釣り上げるブリーダーも続々と出てきて警察に摘発される例も少なくなかった。この子犬争奪戦により増幅する、劣悪な環境で子犬を繁殖させ値段を釣り上げて子犬を販売する悪質な違法ブリーダーは、テレビのドキュメンタリー番組でも取り上げられ、大きな反響を呼んだ。
このようなニュースやストーリーを見るにつけ子犬が欲しい人たちは大変だなあ、と思っていたが、逆に保護された成犬を受け入れる人が少なくて安楽死させられる犬も増えている、という話を犬を飼っている友人から聞いて、余計に保護犬を飼う意義を高めることになった。
「やはり、助かる命があるならば、助けてあげなくては」
意外と厳しい保護団体とのやりとり
イギリスでは日本犬種も人気で、柴犬や秋田犬の保護団体も見つかった。保護団体ではないが、かなりレアな甲斐犬の犬舎さえもある。柴犬は、とくに最近人気があり、保護をしてもすぐに引き取り先が見つかりウェイティング状態。子犬を買い求める人たちも、各地のブリーダーに問い合わせが急増し、まさに人気急上昇中だ。実際に近くの公園で散歩していると柴犬や秋田犬と出くわすことも多々あって、正直びっくりするけど嬉しくなる。
「こんなところで日本犬に出会えるとはー!」
ちなみにご近所の秋田犬は、アメリカンアキタ犬で、顔が甲斐犬にそっくりだ。
ファッション業界でも犬を飼っている人は多い。『ヴォーグ』の編集長はフレンチブルドッグを飼っているし、モデルのケイト・モスもスタッフォードシャーのミックスをファミリードッグとして飼っている。スタイリストやクリエイターに人気があるのはヴィズラやウィペットなど、スラッとしたグレイハウンド系だ。
「そういえばファッションフォトグラファーのブルース・ウェーバーは、ゴールデン・リトリーバーを5匹飼っているんだよなー」
性格も良く、赤ちゃん時代はぬいぐるみのように愛らしいゴールデン・リトリーバーのような大型犬を飼うのはいつも憧れ。しかし、普段一人で暮らしていて、何かあった時に大型犬を一人で担いで獣医のもとへ連れて行くことは現実的ではないので、そこは諦めていた。
保護団体を探してみると、大手の保護団体として挙げられるのは、バタシードッグス&キャッツホーム、ドッグス・トラスト、RSPCA、メイヒュー、ウッドグリーン、ブルークロスなど。それ以外には、イギリスに存在する犬種の数だけ各地に慈善保護団体が存在するようだ。
これらの大手保護団体のひとつであるバタシードッグス&キャッツホームはロンドンにあるので、家からも近く、いちばん引き取りやすい。そこでまずはここに問い合わせをしてみることにした。ウェブには現在保護し引き取り先を探している犬の写真がずらりと並ぶ。そこには年齢(もし分かれば)、犬種(もし分かれば)、性別、そして健康状態などが明記されている。もし投薬が必要な健康状態であれば、団体が保護犬の生涯に渡る薬代の負担を申し出るなど、細かい配慮も見られる。通常、保護犬を引き取る場合は大体150から250ポンドのアドプションフィーを提示される。もちろん、これも団体や犬種、子犬か成犬かによる。海外から呼ぶ場合は、さらに輸送費がかかるので料金は高くなるが、みんな喜んで支払っている。
ウェブサイトから気に入った犬を選び、早速フォームに希望の犬の名前と質問事項を書き入れてメールを送り、引き取り・フォスターどちらも興味があることを伝える。基本的に縁があれば、どの犬種でも引き取ろうと思っていたが、漠然とジャック・ラッセルやスパニエルなどの小型から中型犬がいいかな、と思っていた。ビーグルを飼っていたこともあり、おとなしい子よりも楽しく遊べる子が希望だった。
メールを送った翌日、早速、バタシードッグス&キャッツホームのボランティアから連絡があり、希望の犬は、残念ながらすでに予約が入ってしまったこと。他の犬ではどうか、条件的にどのようなタイプの犬を受け入れることができるか、など、フレンドリーだがかなり詳しく聞かれた。「もし飼うことができなければフォスターでもいいですよ?」と言うと、今現在はコロナのため、フォスターの募集は止めている状態なのだ、とも言われた。とくにここで必要とするフォスターは、かなり難しい性格の保護犬を預かることが多く、保護犬を飼った経験がないと厳しいかもしれない、とも言われてしまった。
「アドプトよりもフォスターの方が厳しいのか……」
ますます保護犬を引き取ることが難しく感じ、意気消沈してきた。
そして最も聞かれた質問は子供の有無。自身で子供がいなくても、子供が頻繁にくることがあるかを最も聞かれる。保護犬と子供は相性が悪い。とくに虐待などの経験を持つ保護犬は、繊細で臆病。予測できない行動を取る子供たちを怖がる場合が多い。犬は恐怖を感じたら、自分を守るために攻撃体制に入ることが多い。最悪の場合は噛んだり襲う危険があるのだという。イギリスの子供たちは日本の子供たちのように従順ではない。子供たちは子供らしく元気に行動し、騒ぎ、ときには手に負えないわがままを言い出すが、体罰はもちろん、あまり厳しく咎めない「寛容」な教育をするのがイギリス流だ。そのため、子供がいる家庭では保護犬の引き取りは断られることが多い。もちろん、子供が大丈夫な犬もいるので、その場合は「キッズフレンドリー」○歳以上なら可、ということが明記されている。
それは他の団体などでも同じ状況だった。また、保護団体によっては各地に支部を置いてあり、引き取り可能の犬は自分が住んでいるロンドンからかなり遠い場所にいて、そこまで引き取りに行くのは難しそうだった。多くの団体のガイドラインとして、引き取って3ヶ月ほどは、1週間に一度施設に連れて行って犬の様子を確認することになっていた。
「これは思っていた以上に意外と厳しいかもしれないなあ」
コロナ禍によるペットの人気上昇もあり、保護犬も争奪戦の様相を示しているようだった。団体のウェブページから気に入った犬をピックアップし、引き取り希望のフォームを書いて送るとどれも「予約済み」という返事が続いた。
そこでもう少し詳しく話を聞いてみると、まず保護犬を飼った経験者から優先的に紹介されているようでもあった。野良犬であれば、どのように育ってきたかもわからず、予想できない行動に走ることもある。やはりその辺の経験があるかないかを団体も見るようで、団体によっては引き渡しまでに数回マッチングの犬と面会することを勧められる。
「思っていたより、保護犬を引き取るというのはコミットメントがいるんだなあ。体力続くかしら」と少し心配になりつつもフォームを送り続けるが、どの犬もすぐに予約済み! の返事が続く。
「……なんと、全然無理!本当にコロナ禍で保護犬の引き取りも争奪戦なのかもしれない」
本腰を入れて、さらに他の保護団体を見つけては片っ端から連絡をとり、フォームを送り、返事を待つ、ということを繰り返し始めた。
そして急増するペット問題は、国会でも取り上げられるようになっていた。ちょうどコロナ禍でペット争奪戦が激しくなる2019年、イギリスの国会では動物保護団体の規則に係る質疑が行われていた。そこでジョー・プラット議員は、毎年25万匹の動物が保護されている、と報告し、デヴィッド・ラトリー議員は、イギリスにある動物保護団体は1000を超え、その実態を把握する必要がある、と報告していた。
「保護団体は1000を超える? これはまだまだ連絡するところはある、ということね」一瞬途方にくれながら質疑のレポートをチェックしていた。確かに、イギリスには数多くの保護団体があるが、実際にメールを送ってもなかなか返事が来ないところも多く、その活動実態はウェブサイトだけではわからないところが多かったのだ。このような状況にすぐに反応し、政府としても慈善団体の実態をきちんと把握し、必要な法整備を整えるよう努めているのが心強い。
そんな状況を横目に、リサーチを進めるなかで目についたのは、海外から保護犬を引き取っている団体がいくつかあることだ。確かに思い返せば、スパイクを連れて公園を散歩している当時、顔を合わせた保護犬を引き取っている人たちの中には東欧を中心に海外から保護犬を引き取っている人たちが多くいた。
「この子はルーマニアから連れてきた」「この子はラトビアから来たから、言葉が少し通じないんだよ。だからすぐ吠えちゃうんだ」などと、ジョーク混じりに話す彼らの話を聞きながら、
「海外から保護犬を引き取っている人がけっこういるんだなあ」と感心していた。早速さらに詳しく調べてみると、ルーマニアを中心とする東欧から犬を保護する保護団体、ロシアから保護犬を運んでいる団体、ついには中国から食用としてとらわれたラブラドールなどを保護してイギリスまで運んでいる団体まで見つかった。そのほとんどは現地の保護団体と協力してイギリスに住む保護希望者へ犬を運ぶ手伝いをしていた。
「さすが。イギリスの団体は世界中の犬たちを保護してるんだなあ」と、ついつい感心してしまった。
そんなある日、いつもみているローカルのSNS掲示板の中で「HELP!」という文字が目に飛び込んできた。
「ん? なんだろう」と、掲示板の内容を見てみると、その投稿者は最近スペインから保護犬を引き取って現在楽しく一緒に暮らしている、と書いている。そしてスペインにはネグレクトや虐待された犬たちも多く、もし、可能ならばスペインから犬を助ける方法も考えてくださいとメッセージは結んでいた。そういえば夫の友人がスペインに旅行中、野良犬に出会いそのままイギリスまで連れてきて一緒に暮らしているなあ、と思い出しながら早速「スペイン」「レスキュードッグ」でググってみた。いくつかの保護団体にヒットしたその中のひとつが今回リリィを引き取ることになった「SPANISH STRAY DOGS UK」だった。ここはスペインに保護施設を構え犬の保護活動をしていた。イギリスにはオフィスを構えることなく、ボランティアの個人コーディネーターを各地域にお願いし、団体と引き取り希望者との連絡係を努めるというかなりシンプルな構成の団体だった。
ホームページには、 2012年以来、私たちは何百匹ものネグレクトや虐待された犬たちを英国でフォーエバーホームを見つける手助けをしてきました、と書かれていた。犬とのマッチングは、他の団体と同じく現在引き取り可能の犬が写真やビデオと共に掲載され、気に入った犬がいればフォームにて問い合わせ、返事を待つ。実際に犬に会うことはできないので、この団体ではウェブサイトに写真と共にムービーでも犬たちを映している。そして年齢や犬種、健康状態なども詳しく紹介されている。
「うーん、ここもなかなか良さそう。トライしてみようかな」
イギリスの保護団体に連絡しても遅々として犬に会うことすらできない状態のなか、軽い気持ちで保護犬の探し先を少し広げることにした。実際に会って決めることはできないけど、まあ、多くの人が会わずに引き取っているわけだから問題ないだろう、と楽観的に捉えることにしたのだ。
そしてここにJARAという名前のブリタニー種の犬、のちに私がリリィと名付けた子がいた。人懐こそうにカメラに駆け寄る姿。白と茶色の2色でフワフワした毛。そのフレンドリーそうなその姿に、直感的に惹かれてしまった。大きさはミディアムと書かれていたので、スパイクと同じくらいの普通のスパニエルの大きさだと予測した。リリィは猟犬として実際に活躍していて、何かの理由でリタイアしたあとに彼女の主人自らこの施設に連れてこられたばかりの5歳の女の子だった。
まずは、引き取り希望の申し込みフォームに書き込んで返事を待つことにした。
フォームに書き入れる主要な質問を紹介すると少し紹介してみるとーー。
ー JARAを引き取りたいと思った理由は?
ー 住居は購入住宅ですか賃貸住宅ですか?
ー 1.8メートル以上のフェンスに囲まれた庭はありますか?
ー 犬を5時間以上放置しないようにできますか?
ー 子供はいますか?
ー 小さな子供が頻繁に遊びに来ますか?
ー 居住人数は?
ー 現在犬やその他のペットを飼っていますか?
ー 過去に保護犬を飼ったことがありますか?
ー もし引き取った犬が飼えなくなるとしたら、どのような理由が考えられますか?
これらの答えを書いてフォームを送ると今度は早速連絡が来た。そしてスペインとイギリスそれぞれにいるボランティアと私の3人で合同ズームミーティングが設定される。携帯のムービーでハウスツアー(主に玄関からリビング、そして庭)をして、今まで飼っていた犬の話、リリィを迎えたらどこにベッドを置くか、ルーティーンはどうなるか、など一緒に暮らす将来の設計をカジュアルに1時間ほど話した。その後は保護団体からメールがあり、引き取り料金と契約書が送られた。私が支払ったのは370ポンド。この場合は、引き取りにあたって行ういくつかの予防注射、健康診断、ペットパスポートの発行手数料、長距離バス代などが含まれている。こうやってすべてスピーディに順調にリリィの引き取りが決まった。
「決まるときは、スムーズに物事が進むんだよね」
友人にこう告げると、彼女は保護犬が見つかったことを喜んでくれた。
反面何か問題があるときは、スムーズには物事は進まない。そんなときはやめた方がいい場合が多い。これは経験則による結果だ。
しかし「それは『神様が決めてくれたのよ』」とイギリス人の義理の母ならばこう答えるだろう。
何か問題があった時は大変だし、心に傷も受けるがそれを受け入れる。しかしそこで諦めただひたすらに悲しみにくれるのではなく、生きていればきっといいことがあると前を向く。その時に思うのだ。「あの時大変だったからこそ、ダメだったからこそ、今があるのだ」と。過去に物事がうまくいかなかったから、今現在幸せにつながる何かの理由を見つけることができたのだ、と考える。イギリス人はポジティブだ。
この団体は、SNS発信もしっかりしていて、フェイスブックにはプライベートグループがあり、この団体から犬を引き取った人たちがここで質問、相談などいろんな投稿ができることになっている。そこには
「今日、スペインからマイボーイが到着しました! 元気そうで、とてもハンサム。今日もたくさん一緒に遊ぶ予定です」
「Happy 1st gotcha day!」(引き取った日をゴッチャ・デーというらしい)
「ラブラブラブ、マイスイートガール!」
などなど、写真やムービーと共に愛情が溢れる飼い主たちの投稿が次々と並ぶ。
もちろん引き取った後に、何かの理由でそのまま引き取ることができなくて、保護団体に戻ってくる子は結構いる。最初の面談の時も、「もし、もうこのまま引き取れない、と思ったらいつでも戻してくれても大丈夫だからね」と伝えてくれた。
「一人で悩まずに、何かあったらいつでも相談してね。私たちはいつもいるから」
早速フェイスブックのプライベートグループにリリィが到着した日の写真を「ウェルカム、リリィ」と書いて投稿すると
「なんてかわいいの!」
「ウェルカムUK リリィ!」など120を超える「いいね」と30近いメッセージがすぐに並び、その反響に驚いた。
こうやってSSDUKファミリーとして受け入れられた私は、リリィがいる限りこのファミリーの一員として過ごしていくことが決まったのだ。