#カワイクイキタイ12「しかたなくない」
泣かなくなった。
悲しくないわけじゃない。泣いてもなんにもならないから泣かなくなっただけ。むしろ悲しいことは増えていって、平気だったことが全然平気じゃなくなってきた。いちいち悲しくて、悲しくて仕方ないのに、悲しんでも仕方ないから、悲しむ気にもならない。
怒らなくなった。
ムカつかないわけじゃない。むしろムカつくことはどんどん増えてる。納得できないことを飲み込めなくなって、おかしいことを流すのは苦しい。ずっと何かにムカついてる。怒りが外に向かなくなっただけ。誰にも怒ってない。怒る気にならない。怒ってるんじゃない。怒ったって仕方ないんだから。
つまんないね。でも、大きな声や大きな仕草が許されるのは、許されてきた人だけなんだもん。だって仕方ないじゃない。ぜんぶ仕方ないじゃない。そう思わないとやってられないじゃない。日々を生きてゆけないじゃない。なんにも思った通りにならないんだから。
時間を巻き戻しても、やり直したいことなんかない。あの時こうすればよかった、ああすればよかったと思うことなんかない。たらればの話はしたくない。したって仕方ない。悲しくなるからしたくない。
仕方ないことなんて、本当は一つもないのに。
やり直したい事はないけど、もう一度見たい事ならたくさんあるな。
夏休みになったら行ってたおばあちゃん家。いとこがたくさん来て、夏の間一緒に暮らした。飽きもせず蝉を捕まえては逃がした。おじいちゃんといとことぎゅうぎゅうでお風呂に入った。スッとする緑の入浴剤。おばあちゃんと手を繋いで公園に行った。近くのパン屋でおやつを買ってもらった。毎年会ってた同い年のいとこは家族と絶縁して、多分もう会う事がない。おばあちゃんはもう私をおんぶできない。おじいちゃんはもう居ない。
あの夏。唯一クーラーが効く部屋で、私とあの子は曲を作ってた。はじめてのライブが目の前だった。これでいいのかなんか分からなかった。曲なんか作ったことないし、私たちは二人きりだった。ノルマさばけなくてよくハコの人に怒られた。お互いに客呼べやってよくケンカした。東心斎橋のスタジオの一番安い部屋を毎回4時間。汗の蒸したにおい。機材がどんどん増えて、部屋が狭くなって、気持ちは大きくなった。財布はいつも薄かった。いつでも触れる距離にいるのに、話ができなくなった。苦しかった。悲しかったのに、悲しいと分からなかった。あのバンド、かっこよかったな。
うそ。やり直したいこと、あるかもしれない。
ちゃんと言いたい。今いる場所から振り返った言い方じゃなくて、その時に戻って言いたい。大事に思ってるって。大好きだって。ごめんねとか、ありがとうも。意地とか照れで言えなかった、言いたかったこと。言えるなら、今度はちゃんと。
過去のなにかを変えたいわけじゃない。今を受け入れてる。後悔なんかしてない。やり直したってきっとバンドは解散するし、友達は死ぬし、恋人とは別れるし、おじいちゃんの最期には間に合わない。それでも、言えなかった言いたかったこと、言えばよかった。どうせ言えなくなるんだから、ぜんぶ言っておけばよかったんだ。
ちゃんと言うよ。言わないよりずっとマシだから。大切にするよ。割れてしまったらもう戻らないから。いつか割れた時、「キレイだったね」って言いたいから。