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#カワイクイキタイ34「ヒーロー、あいどんわなだい」

人生で一番きいた音楽のこと、覚えてる。

あれは夏の自転車だった。
とっくに別れた男からもらったパナソニックの古いヘッドフォンのなかで、やかましくて下品な音楽が大音量で鳴っていた。文字通り耳を塞いでいた。休み時間のたびに机に突っ伏して寝た。友達は、いた。けど、ずっとなんか退屈でさみしかった。

あのバンドのボーカリスト。
唾と汗と涙が混ざった液体を飛ばしまくり、汚くて、みっともなくて、放っておけなかった。

なに言ってんのか全然わかんなかった。

でも、震えるほどにかっこよかった。

なに言ってんのかわかりたかった。

忘れられないんじゃない。いまも覚えてる。

大きなものに守られていたい。いい大人になってもちょっと思ってる。

でかい宇宙人が現れて、街を破壊してくんないかな。でも、自分の家族と友達だけは無傷でお願いしたいな。そんな勝手なことばっかり考えて、いつまでも育たず、いつの間にか育って、恥ずかしいことばかりが増えた。

大きな山犬の背に乗って学校に通いたい。戸愚呂弟みたいに肩に乗せてくれる兄弟が欲しい。でかいもの、届かないもの、大きなもの、そういうものばかりに憧れるのは、自分が小さいからだ。

今もあきらめてない。自分はたぶん、これからもずっと小さい。

生きてゆくのは、死ぬことと同じ。一生は、週末に向かう平日と同じ。

どうしてこんなになにもかもがかなしいんだろう。なにも感じない方がよっぽどいいだろう。ぜんぶたのしく諦めて、納得してみたらいいのに。ものわかりはいい方が、よっぽどいいのに。

ヒーローはいつもさみしい目をしてて、今にも死んでしまいそう。人々はそんなことにひとつも気づかない。その姿を楽しげに見ている。なんで気づかないんだろう。あんなに弱いのに。あんなに叫んでるのに。

勝手に期待のこもった目で「次は何を見せてくれるんだ」「助け続けろ」「救い続けろ」と与えられるのを待ってばかりで、なにもくれない。喜びや、努力は、いつか恨みや憎しみになる。

なにものにもならなくていいよ。もう嫌っていいよ。
そんなことは誰も言ってくれなかったよね。

そういう人が、傍にいてくれたらよかった。

ただ一緒に傷ついて、怒ってくれるだけでよかった。
そういう人がきっと必要だった。私たちの、私だけの、ヒーロー。

いろんな未来があったはず。

私がもっとやさしければ、私にもっと勇気があれば。なにかを選ぶことは、なにかを選ばないことだから、なにも選べない。

ねえみんな大好きだよ。

どこにもいかないでよ。

情けなくていいよ。もう嫌っていいよ。
代わりに言ってあげる。
私たちは、嫌になるほどよく似ている。

ひとくちメモ

数少ない東京の好きな場所のひとつ。
気が向いた時にふらっと行く。

二階の奥の部屋がすき。
二階や、二階の渡り廊下から一階にいる人を見るのがすき。
庭も、奥の作業場もすき。
この場所にどんな孤独があったのか想像するのがすき。

ものを作る人が周りにたくさんいる。
ミュージシャン、劇作家、絵描きさん、デザイナー。
クリエイターと呼ばれるいろんな人。

魅力的な人ほど、なんか足りてない。
ずっと淋しそうで放っておけない。
なんか足りない人間の方が信じられます。うん。

そういう人がたぶん、人を惹きつける。
みんな誰かのヒーローなんだと思う。
勝手な期待をしないのは、きっと愛だと思う。
ただ信じてる。それで充分。

撮影日:2024年1月30日
撮影場所:岡本太郎記念館


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藤井千咲子
いつも読んでくださりありがとうございます。 サポートしていただけたらとってもとってもうれしいです。 個別でお礼のご連絡をさせていただきます。 このnoteは、覗いて見ていいスカートの中です。