あの最低のヒロインは、残される人のことなんて何も思いやらず、他人の人生を呪うだけ呪って、自分勝手にいなくなった。
羨ましかった。
あんな風に生きられたら。あんな風にいなくなれたら。最低だからなんだ。どうせあなたは、私を嫌いになれないでしょと。誰かを信じてみたい。それがどんなに、キレイな形じゃなくても。
命は季節とおんなじで、ただ過ぎ去ってゆくもので、春は努力で冬にならないし、ずっと夏がよくてもいつか終わって秋になる。いつか必ず終わっていなくなる。あなたも私も。
いつか私がいなくなったら。すぐに忘れてくれますように。ずっと忘れませんように。これはどっちも、ちがう言葉の同じ意味。
この人生の終わりはどんなんで、誰と一緒にいるんだろう。
最後に一緒にいる人は、たくさん写真を撮ってくれる人がいい。
写真が欲しいわけじゃない。撮ろう、と思ってくれる人がいい。なかったことにしないと、あったことにしようと、残してくれる人がいい。覚えていられないくせに、覚えていようとしてくれる人がいい。
なんでもないことを、なんでもない時間を、ずっと忘れないでいたい。爪を切っている姿、髪を乾かすところ。寝言。寝巻き姿で食べる朝ごはん。どこかに行ったことより、どこかに行った時の、私を撮るあなたを忘れたくない。一緒にいた時間を残そうとする、私を忘れないでほしい。
そういう意味で。
あなたが私を、ずっと忘れませんように。
一緒にいた時間がどれだけどうしようもなくても。
なかったことになりませんように。
深夜2時を回った頃、昔の恋人から電話がかかってきた。深夜の街を、歩いて帰っていると言った。一緒にいたころの話になった。もちろん、知ってるよ。だって一緒にいたからね。
しばらく話をした後で、彼が突然、知り合いの男の苗字で私を呼んだ。電話の向こうで、帰りが遅いことを心配する女性の声がした。「じゃ、またかけるわ」と言い切ろうとする彼に、私は男性のような声で「おう、二度とかけてくんな」と言った。
さっきまでも静かだった部屋は、とても静かになった。さっきまでもひとりだった部屋で、本当にひとりになった。本当のひとりは、ふたりから生まれるって知ってるかい。
なんて夜だ。散々だ。
二度とかけてくんな。二度とかけてこないでいいから、勝手に、いっぱい笑って健康でいろ。そんくらい勝手にできるでしょ。こんなに自分勝手なんだから。