#カワイクイキタイ9「F」
ずっと誰かになりたかった。
私には、できないことばかりがある。なにをやっても上手にできない。自分のいいところを聞かれても答えられない。美しい容姿も優れた知能も、惚れ惚れするような才能も、なにもない。やりたいこととできることにいつも差があった。書きたいことを書きたいように、描きたい絵を描きたいように、やりたいことをやりたいように、できたためしがない。私はこのままでいいって、思ったことがない。
なのに欲しいものばかりがある。
誰かや何かに、なりたかった。ずっと。
ここまでおいでと言われている気がした。悔しいなら這い上がってこい。ムカつくなら走ってこい。最下層と最後尾は、いつも自分がいるところ。後ろ振り返ったって道がない。積み重ねてきたものを眺めて悦に浸る趣味はない。過去にはなにもない。
私にはこれしかないって、何にも思っていない。一生なんて信じてない。いつでもやめられるから、いつ終わるかもわからないから、あなたとずっと居られるなんて思ってないから、無限に選択肢があるから、だから。だから欲しい。欲しいと思ったものが。
あなたしかいない。お願いだからそばにいて。そう言ったら安っぽい漫画みたいでよかったのにね。伝わってなかったね、じゃあ分かるように言うね。あなたしかいないからそばにいたいんじゃなくて、あなたがいいからそばにいたいんだよ。分かった?じゃこの話終わりね。
誰かや何かにはもうならない。
指が痛くてつらかった。声がでなくて悲しかった。バカにされて悔しかった。なにもかも、傷つきながら手に入れて傷つきながら手放した。なにも平気じゃない。なにも余裕じゃない。だから愛してる。欲しくもないのに与えられたものなんか、大事にできない。
きっとあなたもそうでしょう。あなたも、あなたになりたい。私も、私になりたい。全くおなじとは思わないけど。あなたの深爪も、目の下の隈も、わざと明るく振る舞うことも、ずるい言葉を使うことも、ぜんぶ愛しい。ぜんぶ正しい。なにも悪くない。
私の指先もまだ硬いよ。