#カワイクイキタイ13「生活」
ずっと、生活がしたかった。
人前で大きな声を出して、人前で涙を流して、歌ったり踊ったりした帰りにトイレットペーパーを買って帰る。スーパーに寄って、あしたの食材を買う。どこか特別な場所にじゃない、家賃を払っている家に帰る。あしたも続く日常の、毎日の、疑いようのない生活。人生の一部で全部。
365日のうちの364日。素晴らしい日々の、誕生日じゃないなんでもない日。贅沢をしない日曜日。あなたと一緒にいることが、そうなればいいなとずっと願ってた。どこにも行けないんじゃなくて、私は望んで、どこにも行かないんだと思ってた。
音楽なんてなければよかったのに。あなたとなんて出会わなければよかったのに。そんな悲しいことを思う暇もないくらい、歓喜して歌にするほどでもないくらい、そばにいてそこにある生活だったらいいのにって。ずっと思ってた。今も思ってる。
ジェルボールがくるくる溶ける。洗濯機がガタガタ回る。爪をつい短く切りすぎる。起きたらまずコーヒーを淹れる。好きなものだけが並んだ食卓。嫌いなものがある冷蔵庫。トイレットペーパーが切れたから買ってきて。おはようとおやすみ。いってらっしゃい、がんばって。そういうことを、言おうと思ってじゃない言い方で言うこと。呼ぼうと思ってじゃない呼び方で、名前を呼ぶこと。
世界でいちばん難しいことを、世界でいちばん簡単だと思ってたの。手を繋いで歩きたい。天気のいい日に散歩したい。ゆっくりお風呂に浸かりたい。ゆっくりあなたと話したい。朝と夜の、今日と明日の、境目がなにかの終わりじゃなくて、気づかないほど静かなものであればいい。
そういうものだったのか。そういうものだったんだね。
こんなところまで来てしまって、これからどこに行くんだろう。誰に何を伝えて、嫌われて愛されて、くっついて離れて、なにがしたいんだろう。いろんなこと、幸福に思えたらいいな。いろんなこと、疲れてしまいたくないな。あなたと私のすきなものの話、ずっとできたらいいね。
どっちに向かってるのか分からない。まだまだ道が見えない。とんでもなく遠そうだから、ゆっくり走ることにする。足元に気を付けて水たまりは踏み抜いて。途中でいやになっちゃったら、一回しゃがんで休もうね。泣き止むまでそばにいる。これはずっと約束する。
だから、ちょっと見てて。ずっと見せて。がんばってるとこ。いっしょにゴールしようって、守れない約束しようね。どっちが先に行っちゃっても、恨みっこなしで。