v_1 初めまして!自己紹介します
2021年10月より音声プラットフォーム「Voicy」さんとのご縁をいただきまして、これまで150回以上の配信をしてまいりました。noteでは初めましてということで、まずは自己紹介をさせてください。
(以下、2021年10月6日配信「#0001 初めまして!自己紹介します」)
初めまして。アフリカはルワンダのタイ料理屋店主、CKと申します。
これだけではどういうことか、ちょっとよくわかりませんよね。2015年に脱サラして、当時5歳の息子を連れてルワンダへ移住。そこでタイ料理屋を始め、現在も経営しております。息子は11歳になりました。娘もおりまして、こちらは2歳で、パパはスペイン人です。
本名は、唐渡千紗(からとちさ)と申します。1984年生まれ、2008年に大学を卒業後、株式会社リクルートに入社。人材系の事業部で、営業からキャリアをスタートしました。
元リクっていうと、MVPを○回取りましたとか、伝説の営業マンだったとか、「あのサービスは俺が作った!」みたいに言っている人が何人もいるとか、そんなイメージがあるかもしれませんが、私は全然売れないし、「ワタシ営業向いてません(泣)」みたいな新人でした。入社した年の秋にリーマンショックが起きたりもしましたし。
2010年、なので入社2年目ですね。結婚、出産、育休、そしてその翌年に離婚しました。厳密に言うと裁判離婚をしておりまして。これについてはまたどこかでお話ししたいと思います。裁判離婚は、時間がすごくかかるんです。なのでタイムラグがあるんですけれども、この間に一気にライフイベントが押し寄せてきました(無計画っぷりが露呈してしまいますね)。結婚、出産、離婚とかのタイミングって、本当にいろいろ悩むものです。
住んでいたのが保育園の激戦区で、息子がしばらく入れなかったのもあり、ちょっと長めに育休をいただいてから、2012年に復職しました。シングルマザーとして復職することになり、当時の部署がまた、すごい激務だったんです。9年前のことで、当時と今を比べると、時代は変わったな〜とつくづく思います。激務と並行して、離婚裁判も進めているという、なかなかハードな状況でした。一人で2歳児の面倒を見つつ、年間億単位のノルマを背負いつつ、アポの合間に裁判所に行くという、これ以上の地獄があるだろうか、とさえ思える1年間でした。大殺界というか。闇の深い話もありますが、この時期のこともいずれお話できたらと思っています。
その後、社内で部署を異動させてもらい、最後は企画職に就いていました。英語ができるからということでリサーチの仕事をさせてもらったり。いわゆる帰国子女ではないんですけど、中学生ぐらいのときからなぜか英語が大好きで、アメリカ人みたいに話せるようになりたいって思っていました。大学は、これまた無計画ながら法学部に行ったんですが、途中1年間休学して英語の職業訓練校へ留学したりもしました。
そんなこんなのサラリーマン生活6年目、2014年の秋に、大きな転機が訪れました。
元リクで、数年前からルワンダに住んで仕事をしている友人夫妻がいて、彼らから「遊びにおいでよ」って誘われまして。そのころ私はまだ「ルワンダってどこ?」っていうレベルだったんですが、息子を連れて一週間ぐらい遊びに行きました。この旅がですね、すっごく良かったんです。それでルワンダに引っ越そうと思って、引っ越すことに決めました。
こんなふうに言うと、いつも人から「はあ?」って言われるんですけど。もちろん海外移住に対するいろんな疑問が、普通はありますよね。仕事やビザはどうするんだとか、子供はどうするんだとか。おいおいこちらでもお話ししていくつもりです。
そもそもルワンダという国について、皆さんはどれくらいご存じでしょうか? アフリカには54の国があって、ものすごく大きいんです。一般的な世界地図では、メルカトル図法の都合上ずいぶん縮小されていますが、実際にはとてつもなく大きい。そのど真ん中よりも少し東側にある、日本でいうと四国と九州の中間くらいの大きさの国がルワンダです。
多くの方にとっては、1994年に起きたルワンダ大虐殺のイメージが強いかと思います。元々アフリカに興味を持たれている方でしたら、IT立国としていま熱いらしい、という印象を持たれているかもしれません。
何が良かったかって、気候が良いんです。暑いイメージがありますが、高地なので、日本の秋と同じぐらい涼しいんです。これはぜひ覚えておいていただけたらと思います。
それとやっぱり、何かリセットしたかったというのも、いきなりルワンダに行った理由の一つとしてあります。シングルマザーとして、日本の企業でフルタイムで働くなかでいろいろ思うところもあったし、八方ふさがりだなとも感じていて。「人生を一度リセットしたい」っていう思いを心のどこかで抱いていて、その道を探している最中にちょうどルワンダに出会ったっていうのが、きっかけかなと思っています。
2015年7月末に退職し、8月に息子とルワンダに飛びました。前年の旅行のときに、タイ料理をやるっていうことももう決めていました。その経緯もまたどこかでご説明します。
到着してすぐ、せっせと開店準備をしまして、いろんな珍事に見舞われながらも、なんとかその年の末に「アジアンキッチン」という名のタイ料理屋をオープンさせました。「アジアン」という店名にしたのは、ちょっと間口を広めに取っておこうと思って。開業してからも、本当にいろいろありました。思い出す度に笑っちゃうくらい面白いことも、悲しいことも、怒ったことも。憤死ってこんなときに起きるのかな、と後から思えるぐらいに怒り狂ったことも何度もありました。
2020年の春にはコロナがルワンダにも来て、飲食店として大変だったんですが、多くの方のお力添えのおかげで、どうにかこうにか経営を続けられ、もうすぐ6周年を迎えます。
その前の2016年に、お客さんだったスペインの方とご縁があって、娘が生まれ、今2歳で、イヤイヤ期のかわいい盛りです。この子はバイリンガル育児っていうのか、英語と日本語が両方わかってる状態で、ルワンダ語も理解してるみたいなんですけど。これを今後どう導いていったらいいかなあ、なんていうことも考えたりしています。
以上、ざっくりした自己紹介でした。それと2021年の春に、初の著書を左右社さんから出版いたしました。その名もズバリ『ルワンダでタイ料理屋をひらく』です。ルワンダでの5年間を、起業の経緯とか、現地の人たちがどう暮らしているのかとか、社会や経済、歴史的なことにも触れながら記しています。アジアンキッチンのスタッフのストーリーを通して、いろいろ知っていただけたりもしますので、ご興味のある方はご覧いただけましたら嬉しいです。
私は特に組織に属しているわけでもなく、立ち位置が謎というか、カテゴライズされづらいというか、要するにしがらみがほぼない状態ですので、フラットにさまざまなことを発信していけたらなと思ってます。
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