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 恐怖!オニえもんの話(T_T)

 やっぱりコミュニケーションって、大切ですよね〜

 それで、思い出したエピソードが、私の最初の直属上司とのものです。

 その人は、年は、当時34でしたが、オジサンの完成形でした。

 シルエットは、ドラえもんですが、子どもが、『ドラえもんだ〜』と、

近づき、顔を見た途端に、泣き出してしまう鬼顔でした(以下、オニえもん)

 配属されて、初対面で、挨拶くらいしたと思うのですが、その後が、衝撃

過ぎて、憶えていません。

 私は、趣味のところに、好きな本として、吉川英治の三国志と書いていた

ので、多分、その情報で、オニえもんが、私に聞いたのです。

 オニえもん:三国志〜、司馬遷が書いた?

 私は、自信満々のオニえもんに、違いますとは言えなかった。というか、

この場合、それを言うことが正解なのか⁉️オニえもんが司馬遷しか知らない

として、吉川英治というのも、正解ではない。吉川英治は、題名こそ三国志

であるが、ベースは、ずっと後世のフィクション三国志演義なのです^_^

 司馬遷は、魏、呉、蜀の三国時代の前の漢時代に活躍した人物で、最も

有名な史記(正史)を記したから、教科書でお馴染みなので、オニえもんが、

司馬遷しか知らずに、自覚なく知ったかぶりした線は、かなり濃厚である。

 が、しかし、正史三国志の作者陳寿と訂正してしまって良いのか?

 この間、コンマ3秒、

 私:ええ。

 弱い肯定で、乗り切れると読んだ。まさか、

 答えが、さすがですね👍お詳しい〜とかだったとは…

 その後、昼食なので、当然、一緒に食堂に行って、食べながら、職場や

仕事の話をしてくれると思っていた。

 オニえもん:君、フランクじゃない💢

 と言い残し、さっさと行ってしまった😅

 フランク、どういう意味?まあフランクじゃないですね〜書いた覚えも、

言った覚えもない。とても変な人になっちゃったなぁ〜参ったなぁ〜

 なんて呑気な思いに耽っている程度ではなかった^_^

 オニえもんは、異常に怒りっぽく、とにかく不機嫌がデフォルトで、

天性の電気オタクなので、仕事の話が大好きで、爆笑(嘲笑ですが)

して、部下を烈火の如く毎日怒る💢情緒不安定なパワハラ王^_^

 オニえもんには、3人の部下が、6年目の関さん、2年目の菅野さん、

そして新人の私。

 関さんは良い人で、少し不器用な人。

 菅野さんは、良く笑い、要領の良い人。

 という感じだった。でも、1年後、菅野さんが、Uターンして、2年後、

関さんが、隣の事業部に異動。私は、当初から、怒られまくりのパワハラ

受けまくりだったのですが、周りの人々に、それを冗談めかして、『脚に

鉄球の付いた鎖⛓️状態ですよ〜』などと言っていたら、私がオニえもんを

嫌っているという根も葉もある噂が立った。

 まあ事実だし〜と放っておいた。そしたら、ウチの部署に異動して

来た人は皆、しばらくして、私のところにわざわざ来て、『オニえもん、

嫌っているって本当?』って、恒例行事が…

 3年間で、私の関わったプロジェクトの製品化が、ひと段落した。

 オニえもんから、次のダウンサイジングプラス機能限定普及モデルの

仕事にアサインされた。私は、オニえもんから解放され、新しいプロジェクト

が出来ると思っていたので、大ショック。

 札幌雪祭りに、1週間休んで、札幌に、飛ばされている友人の家に

スキー道具送り、白銀の世界の中、雪祭り見物やスキーをしながら、キャリアを

取るべきか?捨てて、新天地に異動で、新しく研究開発でもしながら、のんびり

仕事するか?自問自答していた…

 職場に戻って、人事に出来る限り、すぐ異動したいと伝え、所属長の

説得を煙に撒き💨異動決定^_^

 オニえもん派の奴らから、裏切り者と罵られ、オニえもんからは、

被害妄想と捨て台詞を吐かれ、笑顔で、研究所に異動した3年半が

経過していた。

 私が異動した事で、オニえもんの部下は誰も居なくなったが、オニえもんが

昇進していたので、オニえもんの被害は拡大した。

 後年、知ったのだが、私が出た部署は、会社の業績不振で、多くが、

渡米して、自分たちの送り出した製品でもない関連製品を修理するドサ回りに、

私に、なんか上手くやりやがってって、元同じ部署の奴らから言われた。

 オニえもんは、天性の電気オタクっぷりが評価され、中途半端に

出世したが、人徳の無さから、出世は、ピタッと止まり、関連会社に

飛んで行ったそうな〜おしまい^_^



 



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